タイ沈没の悲劇を目の当たりにする

バンコクの都内には無数の野犬が生息している。飼い主の手に負えなくなった成犬が捨てられるケースが多いのは日本と同じだが、日本であれば保健所によって捕獲・安楽死させられる野犬たちも、タイでは生命を大切にする仏教観や保健当局の予算不足からそのまま野放しになっている。

そのため野犬の数は増加の一途をたどっており、いまや「野犬にはくれぐれも気をつけろ」という警句はバンコク在住の日本人のあいだでも一般常識として広く知れ渡るようになった。特にタイでは予防接種が義務付けられていないため狂犬病に感染している野犬も多く、万一にも噛みつかれてしまったら、ただちに病院へ行って検査・治療を受けないと死に直面するおそれがある。

バンコクの夜道を徘徊している野犬には2種類ある。ひとつは保健省管轄の所有者不明犬（大部分は雑種）、もうひとつは法務省管轄の日本産犬（大部分は貧困にあえいでいる）だ。どちらも人間に噛み付いて狂犬病を感染させることでは共通しているが、先天的に犬として生まれたのか、後天的あるいは仏教的な理由により犬に成り下がったのかという点で根本的な違いがある。

バンコクの野犬のなかでも特に始末に負えないのは、外国で生活していくうえで必要最低限の能力すらない生後35年以上の日本産犬（以降「カミツキ犬」と呼ぶ）だ。その日の食事にありつくのにも難儀しているようなありさまで、当然、事態を改善させるための具体的な行動計画も持ち合わせていない。にもかかわらず、日本人としてのプライドに固執し、過去における愚行、現在における惨状、未来における不安を打ち消すために、実力の伴わない自尊心を無理矢理満たそうとするものだから本当にたちが悪い。

カミツキ犬は、なにも好きこのんで、このような不毛な自己正当化を続けているわけではない。自分はタイに精通していると自分自身に言い聞かせながら、それまでタイで送ってきた無為な日々に対してそれなりの意義付けをしてやらないと、過去における愚行や将来における不安を十分に打ち消すことができず、結果として自分の人生が否定されてしまう。年の功があるだけ自分のほうが優れていると錯覚していることも多く、タイ人とまともに会話した経験すらない（それ以前の問題として技術的に不可能な）くせに図々しくもタイに関する誤ったモウソウや思い込みを第三者に対して偉そうに語るなど、惨めな窮状を忘れて壮大な自己満足へ逃避しようとする傾向あり迷惑なことこのうえない。

タイへ自発的に移住してきた日本人は、生活していくために現地採用者という身分での就職を目指すことになる。しかし、現地採用者には本国から派遣されてきた日本人駐在員の業務を補助できるだけのタイ語力や工業技術などが求められているため、なんの取り柄もないカミツキ犬ごときに務まるわけがない。バンコク都内にわんさかといる「タイ沈没」と呼ばれる日本人無業者もしくは事実上の失業者たちの存在がその実態を如実に物語っている。

タイにおける日本人現地採用者の待遇に関する実態調査

2004.06.09

カミツキ犬は、バンコクの厳しい労働市場において淘汰され、つぎのような事態に直面しながらも、自分で自分をだまし続けるだけの不幸な人生を歩んでいる。

カミツキ犬にはタイ語を習得する気力も能力もないため、①タイ人とコミュニケーションを図るうえで深刻な挫折を味わうことになるが、タイ人がバカなせいでコミュニケーションが成り立たないだけだと主張して本能的に自己の正当化を図る。さらに、現地採用者に求められているレベルのタイ語力がないためそれなりの条件では雇用してもらえず、②バンコク勤務のタイ人会社員の平均（大卒女子25歳で20,000バーツ, 大卒30歳女性課長でも36,000バーツ）を下回る待遇しか得られずタイ人以下の生活を強いられ、③タイという極端な階級社会においてタイ人労働者同然もしくはそれ以下の扱いを受けることになるが、「自分は日本人だから所得の多寡に関わらず優遇されて当然」と妄想することで自分を慰めている。カミツキ犬が大学などで高等教育を受けていない場合には特に深刻な負い目を感じながら生活することになり、④タイ人大卒者に対して異常なまでの敵愾心や嫉妬心を抱き、ヂュラーロンゴーン大学やタンマサート大学に代表される現地の一流大学に対して怒りをぶつける一方、無試験で入学できる公開大学のラームカムヘーング大学など（ってゆうかカミツキ犬はこれ以外の大学を知らない）を見下すことで、破綻しかかっている精神のバランスをなんとか保とうとする。

タイという階級社会で生きる

2004.10.06

しかし、それもこれも会社を辞めてタイへ来る前に十分な検討をしてこなかったカミツキ犬ご本犬の自業自得としか言いようがない。日本人がコンビニバイトや清掃バイトといった付加価値の低い職種に就くことはタイの外国人労働者規制法で禁止されているし、とうぜんここにはダメな日本人を保護するための制度もない。

参考写真：ラーチャプラーロップタワーマンションのエントランス（日中に撮影したもの）

夜、バンコクの現地採用者32人が参加したJ-Walkerの飲み会が終わってから、残った5人（男性3, 女性2）でフリーライターの日本人男性が住んでいる安アパート「ラーチャプラーロップタワーマンション」へ移動した。このマンションはバンコクに住んでいる日本人のなかでも特に貧しい300人からの日本人が集住していることで知られている。家賃は4,900バーツ。

軽い話で盛り上がっていたところ、突然、1匹のカミツキ犬が重度の精神障害を引き起こし、あたかも日頃の憂さを晴らすかのように容赦のない攻撃を仕掛けてきた。

「君はねぇ、あまりにも視野が狭すぎるよ。それにさぁ、チュラロンコン大学なんて日本人の誰が知っているというの？ 僕のようなオジサンには君のようなイケメンは見ているだけで気分が悪くなってくるんだよ」

室内は一気に静まり返り、僕はフリーライターの男性から退室を命じられた。これだけの愚痴を並べながらも、実はこういった不思議な事態に陥る可能性については最初からそれなりに予想していたため、反論せずに笑顔でその場から立ち去った。誤解であれば釈明することでなんとか和解の道を模索することもできるかもしれないが、嫉妬という個人の信仰における仇敵に指定されてしまってはもはや手の施しようがない。その場にいた女性によると、あまりのことに唖然として5分後には引き揚げたという。落ちるところまで落ちてしまったカミツキ犬が自己を正当化するために現実を無視あるい否定するのは自然なことだし、やむを得ないこととして理解してあげる必要があるのかもしれないが、そんな妄言を他人に語ったところで支持を得られるはずはない。

今後は、タイ在住の日本人との付き合い方には一層の注意を払い、きちんと友人を取捨選択していくことで、もう二度と野犬のエサになることのないよう努めていきたい。アホの代名詞と言っても過言ではないカミツキ犬なんかにガブッとやられてしまっては、それこそ自分自身が気の毒でならない。

ほおら、汚い病気を染されて、大人げもなくこんなに長い愚痴を書いてしまったではないか。

将来、僕は、他人に嫉妬心を抱かず、精神的に充足した生活を送れるような大人になりたい。

「バンコクでは野犬にはくれぐれも気をつけろ」

つまり、そういうことなんだろう。