バンコクは「困ってしまった日本人たち」で溢れかえっている。
タイに関わったことがある日本人なら誰でも必ず一度は遭遇する「困ってしまった」日本人。むしろ「気が触れてしまった」日本人と表現したほうが正確かもしれない。
バンコクの日本人社会にはふたつの人種が共存している。ひとつは平均的な日本人(もしくはそれ以上)の経済力があるまともな日本人。いつもニコニコ幸せそうにバンコクでの生活を満喫している。もうひとつはタイ人もビックリの貧困にあえいでいる偏屈な日本人。実力の伴わない自尊心の強烈なオーラを発散させながら謎の論理で自分の優位ばかり主張している。
わざわざ直接会わなくても後者の異様さについてはインターネットの匿名掲示板やタイ関連ウェブサイトを見れば誰にでも分かる。
きょう、バンコク留学開始以来はじめて「困ってしまった日本人」に出会った。
午後、スクンウィット6街路にあるカラオケスナックのオーナー宅でタイに長期間滞在しているラーメン屋経営の日本人男性同性愛者を紹介された。
まるでコンプレックスの塊だった。バンコク在住で日本国内の企業(日系企業の現地法人のことではない)に籍がない日本人の所得はお世辞にも良いとはいえない。特に定職に就いていないバンコク在住日本人は本当にビックリするほど貧しい生活を送っている。そんな劣等感の裏返しなのか、自らの実力を顧みず上位者たるを主張するために無茶な論理ばかりを振りかざして周囲からの怨嗟と失笑を買っている。傍から見ているだけなら「お気の毒様」と同情してやってもいいけれど、そのトバッチリを自分が食らうとなれば心穏やかではいられない。
憤怒のあまり午後3時半から友人宅で日本酒をカブ飲みし、その後も各所を転々としながらビールやウイスキーを飲み歩くなどして憂さ晴らしを続けた。午前2時には見知らぬタイ人たちと飲んだこともない安ビールLEOを煽っていた。
「日本人にも本当に礼儀正しい出来た人間はいるけれど驚くほど珍妙な日本人ってのもたくさんいるよね? やっぱりアレは日本人から見ても異様に映るのかしら?」
当然じゃないか。ヂュラーロンゴーン大学文学部主催の集中タイ語講座が発行している修了証は学士号なんかに比べたらはるかに格下だし、とてもではないが高学歴の証明になり得るようなもんじゃない。なのに東大生を目の敵にするように接しられたら当惑するに決まっている。