麻薬問題 第1回 クローングトーイ地区を例に

バンコク中心部の南側を東西に走っているプララームスィー通り(ラーマ4世通り)には、タイにおける主要な貿易港である「クローングトゥーイ港」と港湾労働者たちが住んでいる「クローングトゥーイ港地区スラム街」がある。8,000ライ(1280万㎡)という広大な土地におよそ1,000のバラックが建てられており、そこにタイ人の貧困層やカンボジア人の不法滞在者など約8,000人が住んでいる。40の集落に分割され、統治されている。

バンコクでは、都内に流通している違法薬物のほとんどが、黄金の三角地帯(ミャンマーとラオスの国境)に隣接している北部のチアングラーイ県から陸路で運ばれてくるものと信じられている。ところが、クローングトゥーイ港ちかくのスラムにある教会で牧師をしている西洋人男性によると、ミャンマーやカンボジアで精製された違法薬物は、船に載せられてヂャーオプラヤー川を下り、クローングトゥーイ港の入港後に正式な通関手続を経ないままスラム街へ運び込まれてくるという。

バンコク都内で流通している違法薬物は、ほとんどがクローングトゥーイ港周辺のスラムで取引されている。しかし、この地域を運営管理している警察署の高級幹部が麻薬密売組織の上層部と癒着しており、中央政府や都庁による監視の目も行き届かないため、麻薬の蔓延に歯止めをかけられない状況が続いている。治安が悪く、殺人事件も多発している。牧師によると、スラムでの違法薬物取引は、クローングトゥーイ区における経済活動の70%を占めているという。

麻薬密売組織は、麻薬取締官の捜査をかく乱するために、貧困家庭の子供たちを売人に仕立て上げて、麻薬を売り裁いている。その両親は、保釈金という名目で20,000バーツ(ヤーバー1錠あたり100バーツなので100錠分の保釈金が想定されている)を事前に受け取っており、万一にも子供が警察に逮捕されたときにはこれを元手に救い出すという。もちろん、その両親が保釈金のために用意した金を使い込んでしまっている場合には救出することができない。

ヤーバーとは、メタンフェタミンとカフェインという化学物質を合成した麻薬で、タックスィン・チンナワット政権が断行した麻薬撲滅戦争の影響で供給量が激減し、それまで100~150バーツだったものが現在では250~450バーツに高騰している。不眠不休の効果がある上にやせ薬としても人気が高く、いまなお単純労働者や娼婦たちのあいだで根強い人気がある。タイでは劣悪な品質のものが多く出回っているため、摂取する分量を間違えると命に関わる危険性がある。

この地域の麻薬問題は、昨年上半期に行われた麻薬撲滅戦争の影響で一時的に沈静化していたが、最近になって再び以前の勢いを取り戻しつつあるという。

ある日本人大学教授がまとめた資料によると、タイにおける薬物常用者に占めるエイズ感染者の割合は年々増加の一途をたどっており、それまで30%だったものが現在では50%前後まで上昇しているという。薬物常用者の大半は、性的な快楽を追求するためにヤーイーなどの向精神薬も併用しているため、性交渉をするときにその効果を低減させてしまうコンドームを使うことはきわめて希で、しかも複数の人と性交渉を繰り返すことから、エイズの蔓延に歯止めをかけらない状況が続いている。こうした傾向は、特に30-40歳のタイ人麻薬常用者に多い。

ヤーイーとは、メチレンダイオキシメタンフェタミン(MDMA)系の合成麻薬で、従来のヤーバーに代わって新しい麻薬常用者世代のあいだで人気があるという。品質はおおむね安定しており、2002年当時は300~500バーツで取引されていた。この薬がもたらす性的快楽は凄まじく、特に若者や娼婦たちのあいだで急速に蔓延している。

ヤーバーやヤーイーといった向精神薬は、脳機能を低下させ、回復不能なダメージを与えることで知られている。だから僕は麻薬を始める気はないが、来月にも試しにクローングトーイ地区にある一般家屋を訪問してみるか、もしくは周辺の交差点まで出稼ぎに来ている子供達(窓拭きや物乞いなど)に尋ねてみようと思う。きっと彼らに声をかければ、リスクを犯すことなく最安値で入手できるだろう。

「それで、日本の行方を左右できるだけのパワーを持っているのは誰ですか? 中央政府なのか、それともトヨタやホンダなどの大企業なのか、それとも・・・・・・」

今回の講座を担当した米国人牧師にそう問われてハッとした。もしかしたら、人々にこういった疑問が生じさせない日本の報道姿勢こそが、日本国内におけるマフィアの影響力の大きさを証明しているのではないか。

微妙にハイソなパブ「ソーングサルン」で女子学生が所持していた向精神薬「エクスタシー」を見た先週16日以来、徐々に膨らみつつあったタイにおける麻薬流通に関する疑問の一部が、けさの講座「東南アジアにおける麻薬流通論」に招かれたクローングトーイ地区教会の牧師の話で解決した。

講義ではもう少し詳細で具体的な内容についても言及されていたが、この日記では新聞報道レベルにとどめておこうと思う。

きょうは午前中の「東南アジアにおける麻薬流通論」に出席してから、アソーク通りにある「サイアムソサエティー」の図書館へ行って東南アジア舞台演劇論のペーパーの参考になりそうな文献を探した。ここの図書館には、戦前から今日までに世界各国で出版されたタイに関する論文のほか、各種ジャーナル等も扱っているため、今後の文献探しに強力な威力を発揮しそうだ。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。