ヂュラーロンゴーン大学

จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัย (จุฬาฯ)
ヂュラーロンゴーン・マハーウィッタヤーライ (ヂュラー)
種別 上位国立大学
設立年 2442年 (西暦1899年)
所在地 バンコク都パヤータイ区(パヤータイ通り・ラーマ4世通り・アンリードゥーナン通りに隣接)
設置学部 大学院・教育学部・心理学部・歯学部・法学部・報道通信学部・商業会計学部・医学部・看護学部・薬学部・政治学部・理学部・工学部・経済学部・芸術学部・建築学部・総合保健学部・獣医学部・文学部・体育学事務所・公衆衛生学カレッジ・石油化学カレッジ・人口学カレッジ・運輸研究所・微生物研究所・言語学研究所・サシン経営学修士課程研究所・水資源調査研究所・エネルギー調査研究所・冶金学調査研究所・医療科学調査研究所・社会調査研究所・環境調査研究所・アジア学研究所・警察看護カレッジ・タイ赤十字看護カレッジ・応用生物学研究所
標準学費 約6,000バーツ/学期
公式Wweb http://www.chula.ac.th/
入試難易度 人文科学 1位 (文学部文学科・正答率71%、倍率2倍)
経営学 1位 (商業会計学部経営学科・正答率60%、倍率8倍)
法学 1位 (法学部・正答率65%、倍率5倍)
医学 1位 (医学部・正答率73%、倍率13倍)
工学 1位 (工学部電子工学科・正答率78%、倍率9倍)
キャンパス 建築物 60点 (伝統的建築物や新校舎もあるが、老朽化した校舎が目立つ)
学生街 100点 (タイ最大の学生街「サヤームスクウェア」に隣接)
オシャレ 80点 (規則通りに制服を着用している学生が多いが、学部ごとにそれぞれ着こなしにポリシーがある)
ボディコン 30点 (商業会計学部・教育学部・文学部の一部に流行を追及した着こなしが見られる)
歴史 2442年 プラバートソムデット・プラヂュンラヂョームグラーオヂャーオユーフワ(ラーマ5世・ヂュラーロンゴーン王)、文官養成学校の設立を指示。
2445年 ヂュラーロンゴーン王、民生部門官吏養成学校を「マハートレック学校」と改称させる。
2459年 プラバートソムデット・プラモングット・グラーオヂャーオユーフワ(ラーマ6世・モングット王)、文官学校を「ヂュラーロンゴーン大学」と改称し、宗務省(道徳省?)の管轄とする勅令を発布。政治学部・医学部・工学部・文学部・理学部の6学部が設置される。
2469年 初の女性学生7人が医学部・文学部・理学部に入学。
2572年 第一期・第二期学士、プラバートソムデット・プラポックグラーオ・ヂャーオユーフワ(ラーマ7世)から学士号を授与される。
2487年 2485年に起きた大洪水や日本軍による校舎駐留、連合国軍による空襲により、2588年まで大学機能を停止。
2492年 プーミポン・アドゥンヤデート国王から大学歌「マハーヂュラーロンゴーン」を下賜される。
2501年 サーティ・ヂュラーロンゴーン学校、教員や教育学部学生の教育実習のために設立される。
2504年 大学院設置。
2516年 ソムデット・プラテープ・ラッタナラーチャスダー・サヤームパロムラーチャクマリー(プラテープ王女)、高位王族初の国内高等教育機関入学。
2525年 サシン経営学大学院設置。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。