「タイ人の労働者は素直で従順だから楽でいい。でも、指示の内容を忠実に実行してくれないことには、ほとほと困り果てている」
タイに住んだことのある日本人であれば、このような愚痴は誰でも一度や二度は聞いたことがあるだろう。
――従業員の管理を誤れば、当然このような事態に直面することになります。指示の内容が忠実に実行されないのは、タイ人のせいではなく、あなたのせいです。
きょうの講座「タイ労働者論」の授業を担当している講師(ヂュラーロンゴーン大学経済学部の准教授で労働問題担当の首相顧問官を務めている)によると、世の中の生産活動は、経済基盤(労働力・産業基盤)と思想(政治的イデオロギー・社会的な価値観・宗教信仰・法律)の相互関係によって成り立っているという。
しかし、タイを含む東南アジアにおける産業構造は、血縁主義的、封建社会的かつ資本主義的であるため、市民意識が高い平等社会から来ている外国人が理解するのは容易ではない。労使関係についても、封建社会的な考え方による影響を強く受けているため、日本のような「社員の皆さんのための会社」といった概念はなく、雇用主と管理者と労働者のあいだにある上下関係が露骨に表れている。
ここでの「労働者」とはタイ語でいう กรรมกร(ガンマゴーン, いわゆる単純労働者)のことで、 ไพร่(プライ, サックディナー制における奴隷)に由来する職業、すなわち、人夫、農民、家政婦、清掃婦、警備員、タクシー運転手、工場労働者などに従事している人々を差しており、管理職やデスクワークに従事しているホワイトカラーの会社員は含まれていない。
江戸時代には全人口の約8割が農民だったにもかかわらず、そんな過去を忘れて誰もが「侍スピリッツ」を持つようになった現代の日本人が、封建時代の価値観を色濃く残しているタイ人の労働観を理解するためには、タイの教育省検定教科書「中等教育学校6年生社会科」を一度紐解いてみると良い。
封建主義的な価値観もあって、タイでは上司に対して従属的な態度を示すのが当然とされており、実際にタイ人の労働者たちもそのような価値観にのっとって振る舞っている。内心では「クソ食らえだ」と思っている可能性もあるため、その立ち居振る舞いから部下の本心を探るのはかなり困難だ。
このような事情を知らない日本人の管理者たちは、往々にして従業員の表面的な態度だけを見て「従順で管理しやすい」と勘違いしてしまう。だが管理者に求められているのは、単に部下を従属的に振る舞わせることでなく、人間の「面従腹背」といった感情を正しく理解したうえで、労働意欲をかき立てるようなリーダーシップをとることではないだろうか。それを理解できていない日本人が、タイ人に何か指示を出したところで、そのとおりに仕事をさせられるはずがない。
このあたりの事情については、タイのシニアリティー(年長者至上主義)の観点からも説明できるが、いろいろなホームページで紹介されているのでここでは割愛したい。