メキメキメキー、バキバキバキー
あさ、聞き慣れない異音とともに目を覚ました。寝ぼけてはいたが、異常な事態が起きていることだけはすぐに理解できた。コンドミニアムの17階にある僕の寝室が外から建設機械のようなもので攻撃されているとは考えにくい。バンコクで地震が発生したという話は前代未聞だが、この感覚は日本にいた頃に体験したことがある地震そのものだった。
午前8時に寝室のベッドから飛び起きて、テレビがあるリビングへ走った。もし本当に地震が起きているとすれば、テレビ局がすぐに速報を出すはずだ。まずは地震の規模と被害状況ぐらいは知っておきたい。
スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite は地上43階建の高層ビルで、地震発生から約5分間にわたって不気味な異音を立てながら左右に大きく揺れ続けた。最初のうちは、寝ぼけているせいで頭がクラクラしているだけかとも思ったが、リビングにある大きなシャンデリアが揺れているのを見て、ようやく地震発生の事実を確認することができた。
タイにおける高層建築物は、地震が起こらないことを前提に建てられており、地震大国の日本から来た観光客がタイで建設途中にあるビルを見れば必ず驚嘆の声を上げるといっていいほど弱々しい作りをしている。
こんなにグワングワンと左右に揺れてしまったら、積み木の家と同じぐらい脆弱なタイの高層建築物など、すぐに倒壊してしまいそうだ。念のために今すぐ非常階段を使って脱出することも検討したが、それでも倒壊する前に脱出できなければ意味がない。それに運良く脱出できたところで、どうせ周囲のビルの倒壊に巻き込まれるのがオチだ。今日、オレはここで死ぬのか!?
チャンネル11の経済ニュースを見ながら、地震速報のテロップが流れるのを今か今かと待ち続けた。ところが、アナウンサーと経済学者のふたりは、まるで何事もなかったかのように、今後の経済の見通しについて悠長に話し合っているままだ。
10分後 ―――――
「どうもラヨーング県で地震があったみたいですねぇ」
あまりの呑気さに腹を立てて、思わずソファーからコミカルにすべり落ちてやりたくなった。テレビ局のスタジオがあるバンコクでも地震は起こったんだ。タイのマスコミに例外的な問題への対処能力を期待していた自分のほうが間違っていたと結論づけて、テレビのスイッチを切って朝の身支度をはじめた。
正午前、ヂャーオプラヤー川に面しているホテル Royal Orchid Sheraton へ行って日本から来ている高校時代の友人と昼食をとり、スィーロム通りにある珈琲屋で午前零時までレポートを書き続けた。
午前零時半、部屋に戻ってテレビの電源を入れてみると、
「プーゲット県で発生した大津波により、観光客を含む少なくとも280人が死亡、負傷者多数」
というテロップが画面の下に流れていた。けさの地震は「バンコク大地震」ではなく、スリランカ・インド・マレーシアなどの広範囲で何万人もの死者と行方不明者を出している「スマトラ島沖地震・インド洋大津波」だったようだ。
東南アジア地域における地震や大津波は誰も予期していなかった。この一帯の沿岸部が被った人的・経済的な損害は計り知れない。ただ、僕が住んでいるコンドミニアム Sukhumvit Suite について言えば、壁に無数の亀裂が走り、建築物としての寿命が10年単位で縮まったことだけは間違いない。