タイ語の人称代名詞はバラエティーに富んでいる。それぞれ自分と相手の関係に応じて、親しみを込めた表現、フォーマルな表現、キザな表現、ケンカ腰の表現など正しく使い分ける必要がある。相手との距離感をつかめず適切な表現が思いつかないときは、人称代名詞、特に二人称の使用を避けてやり過ごすように心がけている。
2004年12月
戦後の「特別円問題」
「昨晩、アメリカ大使館で行われたレセプションで日本の外交官と話していたときに、タイに対する日本の賠償責任が話題になったんだが、どうも腑に落ちないことがあるんだ。日本と賠償金協定を結んだのは、わたしの父が首相を務めていたときのことだったと思うが・・・・・・当時の日本の首相は誰だっただろうか?」
無題
講義終了後、高架電車チットロム駅の前にある日本料理店「日本亭」へ行って友人と夕食をとってから、 Central World Plaza の6階にある紀伊國屋書店で日タイ専門用語辞典を購入した。その向かいにある台湾式マッサージ屋で足つぼマッサージを受け、スィーロム通りにある珈琲屋で深夜まで文献を読み続けた。
通訳と接待の日々
午後、ヂュラーロンゴーン大学へ行って東南アジア労働論の講義に出席してから、トーングロー3街路にある日本料理店「まる」へ行って財閥系企業の経営幹部と面会し、友人の会社社長が始めようとしている新規事業に対する協力を依頼した。その後、トーングロー15街路にある日本人向けのカラオケスナック「鳳凰」へ行ってタイ語曲を披露した。
娼婦に例外はあるか その3
ファーストちゃんは、スィーパトゥム大学経営学部の2年生で21歳。タイ北部パヤオ県の出身で、両親はグワイッティアオ屋を営んでいる。高校卒業後にグルングテープ大学へ進んだが、成績不良のためラングスィット大学へ移り、そこでも授業について行けなくて、いま通っているスィーパトゥム大学に流れ着いた。
無題
パッタヤーからバンコクまでの帰途、タイで2番目に多くの日本人が住んでいるチョンブリー県スィーラーチャーにあるスィーラーチャー虎動物園へ立ち寄った。
揺れる宴会
パッタヤー中央海岸からラーン島までの海は普段からとても穏やかなため、海風を浴びながら缶ビール片手に快適なクルージングの旅が楽しめると聞いていた。ところが、きょうは横からの強風をモロに受けて、まるで遊園地のアトラクションのように揺れに揺れた。
セーンスック寺の地獄絵巻
バーングセーンの海岸から1キロほど離れたところにルワングポーネーンノーイ財団が建立したというセーンスック寺は、そのなかでもとりわけ印象的だった。境内には地獄と天国の区画が設けられていて、人々に自省を促すための巨大像が立ち並んでいる。
タイの地鎮祭
地鎮祭とは、土地の精霊を鎮め、工事の安全と無事の竣工を祈念する儀式のことで、タイではバラモン教の形式にのっとって行われる。ところが儀式の内容を事前に知っていた人は誰ひとりおらず、僕自身も พิธีลงเสาเอก という単語(ピティーロングサオエーク, 地鎮祭:直訳すると主柱を沈める儀式)から推測するしかなかった。
無題
午後の講義に出席してから、アソークモントリー通り(スクンウィット21街路)にある友人の会社で行われた明日の地鎮祭についての打ち合わせに参加して、そのままタニヤにあるカラオケスナック Noa へ行ってウイスキーを飲んだ。
労働者博物館
タイにおける労働社会は、封建制度のもとに築かれたサックディナー制(11月2日付日記参照)の上に成り立っている。このサックディナー制による影響については、タイの労働論のみならず、タイに関するすべてのことを語るうえで絶対に避けては通れない。
タイの振替休日
きょうは国王誕生日の振替休日で、タイの官公庁は休みになったが、民間企業まで休みになったかいうと案外そうでもないらしい。国立大学は休校日だが、私立大学では通常どおり授業が行われていたという。タニヤ通りにあるカレー屋「辛右衛門」で夕食をとり、スィーロム2街路にある珈琲屋 Coffee Society へ行って友人と会った。
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