「あなたの毛を抜く仕事を引き受ける人なんて、わたしのほかには絶対にいないでしょうね」
中華街ヤオワラートのすぐ裏手にあるヂャルーングルング通りで、路上に店を出していた顔脱毛屋に立ち寄って、髭やうぶ毛を抜いてもらっていたところ、流暢だが明らかにネイティブのものではないと分かるタイ語で脱毛屋のおばさんが愚痴をこぼした。
午後、ヂュラーロンゴーン大学文学部へ行ってムスリム研究の講義に出席してから、地下鉄サームヤーン駅で友人たちと合流し、ヂャルーングルング通りへ行った。
タイ語でトゥックテオと呼ばれている商用長屋の店先に置かれていた小さな椅子に腰を下ろすと、首から肩にかけての部分に風呂敷のようなものを掛けられた。脱毛屋は、僕の顔に白い粉を塗りたくると、市販されている白いミシン糸を口に咥えて、作業の準備に取りかかった。友人たちは、怪しげなタイ語を操っている脱毛屋に対して「彼はタイ人じゃないんだから正確に発音してあげて」と繰り返し言ってくれていたが、そのたびに「そんなはずないわ。わたしを騙そうとしても無駄よ」といった調子でまったく取り合ってくれなかった。中国移民の1世やラオス人たちは、僕が話しているタイ語が、ネイティブの人たちが話しているタイ語と違うことに気づかないことが多い。
脱毛屋は、自分の手と口を駆使して、糸と糸が交差する部分を徐々に移動させながら、額にある毛をシャッシャと抜き始めた。あまりにも調子よく抜けていったため、あと10分もすれば顔全体がツルツルのスベスベになると、最初のうちは思っていた。ところが、頬のあたりにさしかかったあたりで、糸が皮膚に引っかかるような感触があった。頬のまわりにある髭は太くて強力なので、むりやり引き抜こうとすると、どうしても皮膚が引っ張られてしまう。脱毛の速度はどんどん落ちていって、仕舞いには一本ずつゆっくりと時間をかけて抜くようになった。
首を変な方向へ傾けて顎の下にある髭を抜いてもらっていたところ、茶髪の女性2人組が声をかけてきたが、何を言っているのかまったく理解できなかった。中国人の観光客か中国移民の1世が、僕のことを同胞と勘違いをして中国語で話しかけてきていたのかもしれない。
糸の交差部分が口髭の付近にさしかかると、あまりの痛さに涙がうっすりと浮かんできた。糸が剛毛に負けて頻繁に切れるようになったため、脱毛屋は糸を二重にすることで耐久度を上げようと試みたが、それでも少し力を入れるとすぐに切れてしまう。とうとう糸を使うのをあきらめたようて、毛抜きを使って一本ずつ抜き始めた。所要時間は約1時間、料金は200バーツだった(所要時間・料金ともに女性2倍)。
その後、プララームサーム通り(ラーマ3世通り)にあるセントラル百貨店へ行って、トイレに備え付けられている鏡で確認してみたところ、想像していた以上にツルツルに仕上がっていた。ついでに肌の瑞々しさを取り戻すために、美容クリニックへ行ってエステを受けた。所要時間は1時間、料金は500バーツだった。