「きっと、どこかで風邪をもらってきたのでしょう。おクスリを何種類か出しておきますから、症状が良くなっても自分の判断では中断せず、かならず最後まで服用してくださいね。あすの夕方ころには抗生物質が効いてきて、かなり楽になっていると思いますよ。もし症状が良くならないようでしたら、また明日いらしてください。午後5時以降でしたら、わたしは明日もここにいますから」
今週は摩訶不思議なことが相次いでいる。どこへ行っても、日本語を流暢に操る専門職のタイ人と、気味が悪いほど頻繁に遭遇している。母国語で話せることを喜ぶべきなのか、それとも外国語を学ぶ必要性を否定されたと憤慨するべきなのか。まるで肩透かしを食らい続けているかのようで、なんとも釈然としない。
それにしても、この異国の地で「どこかで風邪でも・・・・・・」というフレーズを聞こうとは夢にも思わなかった。さまざまな不安を抱えながらタイで生活をしている日本人たちにとって、病気になったときにこれほど心強い医者がほかにいるだろうか。もちろん、私立の高級病院の日本語通訳(JEES 日本語能力試験2級相当)に、これほど気が利いたセリフを話せるだけの語彙力はない。
「診察1分あたり、おおむね600バーツといったところかしら? 病院もなかなかボロい商売をしているわね。でも、わたしたちに病院を選択する権利があるのと同じように、病院側には患者を選択する権利があるのでしょうし、医師にも勤務先を選択する権利ぐらいはあるでしょうから、これはこれで正当な報酬なのかもしれないわ」
知らせを聞いて急遽病院まで駆けつけてくれた友人は、領収書の「診察料1,200バーツ」という項目を見つめながら、そうつぶやいていた。朦朧としている意識のなか、たしかにその通りかもしれない、と思った。
あさ、スィーロム通り沿いにある珈琲屋を転々としながら、あさって提出する予定のタームペーパーを書き続けた。日没後、急に体調が悪くなり、汗が滝のように吹き出し、止まらなくなった。そこで、スクンウィット3街路にあるバムルングラート病院へ行って診察を受けた。
外国人から信頼してもらおうとするときに、相手の母国語を操れることがどれだけ役に立つか。きょうは、その効果のほどを身をもって実感した。もしこの内科医がカタコトの日本語を話していたら、今回のものとはまったく逆の印象を持ったに違いない。