タイの大学共通入学試験における社会科の試験問題

「モントンってなんだっけ? 聞いたことはあるけど思い出せない」

夜、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 17階の自室で、タイの深南部で頻発しているテロに関するテレビのニュースを友人と見ていた。

話のネタとして、一連のテロ事件を解決するための奇策を友人に提案してみた。

「国王への忠誠を深南部に住んでいるイスラーム教徒たちに対して促すのは、無意味であるばかりか逆効果だ。タイの国王はアッラーではない。もし本当に深南部問題の解決を図るつもりがタイの政府にあるのなら、いっそのこと『モントンパッターニー』でも設置して、イスラーム原理主義の地方政権を認めてみてはどうだろうか? モントンの境目にあるいたる所にイミグレーションを設置して、人々の往来を規制してしまえばいいんだ! 徴税から公共事業まで、ぜんぶ好き勝手にやってもらおうじゃないか」

ところが、友人はもっと基本的なところで混乱していた。戦前までタイに存在していたモントンという行政単位が分からない様子だった。

タイの社会科教育はどこかおかしい。何をどう間違えたら、この程度のことも分からないような学士ができるんだろうか。日本人が「尾張国」と聞いて、「日本って、昔からひとつに国じゃなかったの!?」と聞き返してくるのと同じぐらいどうかしている。

プラヂュンラヂョームグラーオ大王(ラーマ5世)の治世だった1897年、ダムロングラーチャーヌパープ親王は、英領ビルマや英領マレーシアなどで施行されていた地方の行政機構を導入して、全国にカールワングテーサピバーン(州令)を長とするモントン(州)を設置した。この行政区分は1932年の立憲革命のときまで用いられ、21あるモントンの下に、それぞれムアング(県)、アンプー(郡)、タンボン(町)、ムーバーン(村)が置かれた。モントン・テーサピバーン制が施行されたことで、それまでのヂャーオムアング(地方領主)による統治権は完全に失われ、西洋型の中央集権体制が築かれた。

寝室の本棚から2004年度エントランス(大学共通入学試験)の問題集を取り出してみた。

―― それでは、大学共通入学試験の社会科に出題された問題を解いてみようか?

2004年度 大学共通第1次学力試験(社会科)
制限時間120分, 出題数80問

  1. ข้อใดเป็นลักษณะพิเศษของมนุษย์ต่างจากสัตว์ชั้นสูงอื่นๆ
    ほかの高等生物に対して人間が持っている特徴はどれか?

    1. เป็นสัตว์เลือดอุ่นที่มีมือและเท้าใช้ประโยชน์ได้มาก
      手足を有効に使うことができる恒温動物であること。
    2. ฉลาดที่จะเอาตัวรอดเพราะมีสมองใหญ่
      大きな頭脳を持っているため賢く生き残れること。
    3. สามารถออกเสียงเลียนแบบได้หลากหลาย
      さまざまな声を真似られること。
    4. ติดต่อสัมพันธ์กันด้วยระบบสัญลักษณ์
      サインを使ってコミュニケーションを取り合えること。
  2. ข้อใดแสดงถึงความสัมพันธ์ของมนุษย์กับวัฒนธรรมไม่ถูกต้อง
    人類と文化の関係について述べているものとして正しくないものはどれか?

    1. วัฒนธรรมที่มนุษย์สร้างขึ้นมีทั้งคุณและโทษ
      人間が作った文化には功罪の両面がある。
    2. วัฒนธรรมยุคใดเป็นสมบัติเฉพาะของยุคนั้น
      どの時代の文化もその時代だけの財産である。
    3. วัฒนธรรมเป็นเครื่องช่วยในการปรับตัวของมนุษย์
      文化は人類が適応するためのツールである。
    4. วัฒนธรรมที่ไม่สามารถตอบสนองความต้องการของมนุษย์จะสูญสลายไปในที่สุด
      人類による要求に応えられていない文化は最後に失われる。
  3. กลุ่มในข้อใดเป็นกลุ่มปฐมภูมิ
    基本的な集団はどの集団か?

    1. พรรคการเมือง
      政党
    2. สมาคมวิชาชีพ
      職業組合
    3. ครอบครัวแลเครือญาติ
      家族と親族
    4. มูลนิธิเพื่อคนพิการ
      障害者のための財団

ふたたび友人と目を合わせた。

―― タイの教育省って、国民に社会科を教えるつもりあるの?

「さあ、わたしにも分からないわ・・・・・・」

お互いに深いため息をつき、パソコンに向かってペーパーの続きを書き始めた。理系の友人の名誉のために書いておくと、今回は文系受験生用の過去問題集を使っている。

ちなみに、第2次試験の出題内容はもう少し常識的なものとなっている。

2004年度 大学共通第2次学力試験(社会科)
制限時間120分, 出題数80問

  1. พระมหากษัตริย์สมัยอยุธยาทรงมีนโยบายเกี่ยวกับการควบคุมคนต่างชาติอย่างไร
    アユッタヤー時代の国王は、外国人の管理に関してどのような政策をとっていたか?

    1. ให้อยู่ได้อย่างอิสระ ภายใต้การควบคุมของขุนนางไทย
      クンナーングタイ(註:400ライ以上の位階田を有する勅任官)による管理のもとで、自由な生活をさせた。
    2. ให้รวมกันอยู่ตามเชื้อชาติ ภายใต้การควบคุมของขุนนางไทย
      クンナーングタイによる管理のもとで、民族ごとに集めて生活をさせた。
    3. ให้รวมกันอยู่ตามเชื้อชาติ ภายใต้การควบคุมของหัวหน้าชาวต่างชาติ
      民族ごとの長による管理のもとで、民族ごとに集めて生活をさせた。
    4. ให้อยู่ได้อย่างอิสระ ภายใต้การควบคุมของหัวหน้าชาวต่างชาติ
      民族ごとの長による管理のもとで、自由な生活をさせた。

          解説:アユッタヤー時代の国王は、民族ごとに集団で生活をさせることで、交易のために流入した外国人を管理して、タイの国内に宗教を広める政策をとっていた。ポルトガル人村、オランダ人村、日本人村などがあり、国内に住んでいる外国人による反抗を防ぐため、政府はクンナーングタイを任命して厳重に管理させた。
  2. ข้อใดไม่ใช่ผลของสนธิสัญญาเบาว์ริง
    ボウリング条約による結果として正しくないものはどれか?

    1. ความรุ่งเรืองของ “การค้าสำเภา”
      帆船貿易の拡大
    2. ความเป็นอยู่ของราษฎรดีขึ้น
      人民の生活向上
    3. การบุกเบิกที่ดินเพื่อขยายการทำนา
      農地拡大のための開墾
    4. การแพร่หลายของเศรษฐกิจแบบเงินตรา
      貨幣経済の普及

          解説:アユタヤー時代に始まった帆船貿易は、王家もしくはクンナーングタイが独占し、ラーマ3世の時代になると飛躍的な発展を遂げた。しかし、ボウリング条約の締結後は、外国人がタイの国内に輸出商社を設立できるようになったため、中国人の移民がタイ人に代わってヨーロッパ向けの輸出を担うようになり、それまでの帆船交易は衰退した。ラーマ4世の治世であった1855年にタイとイギリスのあいだで締結されたボウリング条約は、タイの経済システムに大きな転換をもたらす結果となった。生活に必要なものを調達する手段としての経済が、商取引によって利益を生み出すための経済、すなわち貨幣経済へ移行したのである。外国人のあいだで農産物の需要が高まったため、開墾による農地の拡大を促し、人々の生活向上にもつながった。
  3. การให้ปลดปล่อยทาสให้เป็นไทยแก่ตัวเอง รัชกาลที่ 5 ทรงมีนโยบายที่จะช่วยเหลือให้ทาสสามารถดำรงชีวิตในสังคมได้อย่างไร
    解放奴隷に対する社会支援として、ラーマ5世はどのような政策をとったか?

    1. จัดสรรที่ทำกินให้ตามความจำเป็น
      必要に応じて食料を供給した。
    2. ให้ทำงานกับนายโดยให้ได้รับเงินเดือน
      主人に仕えさせ、報酬を月給として受け取らせた。
    3. จัดการศึกษาเพื่อเป็นช่องทางหาเลี้ยงชีพได้ต่อไป
      将来的に職を得ることができるよう教育した。
    4. รัฐให้เงินช่วยเหลือในช่วงระยะเวลาหนึ่ง
      支援のため政府が一時金を与えた。

          解説:ラーマ5世は、解放された奴隷たちがふたたび奴隷に戻ることを防ぐため、はじめての学校をマハンノッパーラーム寺に設置したほか地方にも学校を建設して、広く人々に教育の機会を与え、社会生活を営めるように支援をおこなった。
  4. การแก้ปัญหาเศรษฐกิจไทยในรัชสมัยพระบาทสมเด็จพระปกเกล้าเจ้าอยู่หัวมีลักษณะที่สำคัญอย่างไร
    プラポックグラーオヂャーオ王の治世において、タイの経済問題はどのような方法で解決されたか?

    1. ตัดงบประมาณรายจ่าย ลดจำนวนข้าราชการ
      官吏の人数を減らすことで歳出を抑制した。
    2. ผลิตสินค้าเพื่อการส่งออกให้มีปริมาณเพิ่มขึ้น
      輸出を増やすために商品を生産した。
    3. กู้เงินจากต่างประเทศเพื่อมาสร้างงานให้กับคนไทย
      タイ人の雇用を増やすために外国からの借款を受けた。
    4. กีดกันการค้าขายของคนต่างด้าวที่ทำธุรกิจการค้าในประเทศไทย
      タイにおける外国人による商取引を妨害した。

          解説:第一次世界大戦の終結後に世界的な大恐慌が起こり、プラポックグラーオヂャーオ王は歳出を削減するために、余剰となっていた官吏を解任するとともに残った官吏の俸給も削減する「官吏のリストラ」を実施した。この政策は1932年6月24日の人民党による革命を引き起こす原因ともなった。
  5. พระมหากษัตริย์หรือบุคคลใดเป็นผู้กำเนิดให้ “ชาติ ศาสนา พระมหากษัตริย์” เป็นสถาบันหลักของประเทศ
    国家、宗教、国王を国家の基本として定めたのは誰か?

    1. พระบาทสมเด็จพระมงกุฎเกล้าเจ้าอยู่หัว
      プラモングットグラーオヂャーオ王
    2. พระบาทสมเด็จพระปกเกล้าเจ้าอยู่หัว
      プラポックグラーオ王
    3. จอมพล ป. พิบูลสงคราม
      プレーク・ピブーンソンクラーム元帥
    4. คณะราษฎร
      人民党

          解説:プレーク・ピブーンソンクラーム元帥の政権は、強力な国家を築くために愛国主義的な政策をとり、国号をサヤームからタイへ改めたほか、国歌の歌詞とメロディーを変更し、王室賛歌を採用するなど、12の法令によって国家主義を実行した。
  6. พัฒนาการทางเศรษฐกิจและสังคมของญี่ปุ่นภายหลังการเปิดประเทศแล้ว ได้เจริญรุดหน้าไปอย่างรวดเร็ว เพราะเหตุใด
    日本が開国後に経済的・社会的な発展を短期間のあいだに成し遂げられたのは、どのような要因によるものか?

    1. ชาวญี่ปุ่นมีระเบียบวินัยสูง
      日本人が高い行動規範を持っていたこと
    2. รัฐบาลญี่ปุ่นให้ความสำคัญกับการศึกษา
      日本政府が教育を重視したこと
    3. ญี่ปุ่นเปลี่ยนการปกครองเป็นระบอบประชาธิปไตย
      日本が民主主義へ移行したこと
    4. ญี่ปุ่นมีความเป็นชาตินิยมสูง
      日本人の愛国心が強かったこと

          解説:日本は、アメリカの艦隊が1854年に来航して通商をはじめるよう圧力を受けると、ショーグンと呼ばれる将軍による政権が崩壊し、皇帝睦仁(註:明治天皇)による専制政治へ移行した。明治時代と呼ばれる皇帝による政権は、経済を発展させて欧米列強の帝国主義に対抗するために、西洋の科学技術を積極的に取り入れることを重視した。
  7. ประเทศใดเข้ามาไกล่เกลี่ยปัญหาความขัดแย้งระหว่างรัฐบาลศรีลังกากับพวกกบฏทมิฬแบ่งแยกดินแดน และมีการประชุมกันที่ไหน
    スリランカにおける政府と分離独立を求めている反政府勢力の対立を解決させるために仲裁に入った国はどこか? また会議は開かれたのはどこの都市か?

    1. สวีเดน และที่เวียนนา
      スウェーデンが仲裁に入り、ウィーンで会議を開いた
    2. สหรัฐอเมริกา และที่โคลัมโบ
      アメリカ合衆国が仲裁に入り、コロンボで会議を開いた
    3. นอร์เวย์ และที่กรุงเทพฯ
      ノルウェーが仲裁に入り、バンコクで会議を開いた
    4. อังกฤษ และที่เดลี
      イギリスが仲裁に入り、デリーで会議を開いた

          解説:スリランカにおいて市街戦が頻発するようになり、国家と経済の発展に対する悪影響が無視できないようになったため、スウェーデンは仏教を信仰している政府側と少数派のヒンズー教徒による反政府勢力の対立を終わらせるため仲裁に入り、2003年にタイのバンコクで会議が複数回おこなわれた。
  8. สาเหตุสำคัญที่ทำให้อินเดียที่เคยอยู่ใต้การปกครองของอังกฤษต้องแยกออกเป็นอินเดียและปากีสถานคือข้อใด
    イギリス領インドが独立したときに、インドとパキスタンの2国に分裂した主な理由はどれか?

    1. ความขัดแย้งทางศาสนา
      宗教的な対立
    2. ลัทธิชาตินิยม
      民族主義
    3. ความแตกต่างทางเศรษฐกิจ
      経済的な相違
    4. ปัญหาดินแดนแคชเมียร์
      カシミール領有問題

          解説:イギリス領インドが独立するときにインドとパキスタンの2国に分裂した主な理由は、宗教的な対立によるものである。インドでは、さまざまな宗教を信仰されており、もっとも多く信仰されていたのがバラモン・ヒンズー教、つぎに多いのがイスラーム教であり、ふたつの宗教は常に対立をしていた。イギリスがインドの独立を認めたときに、ヒンズー教宗教指導者の提案により、バラモン・ヒンズー教徒の多い地域がインド、イスラーム教徒の多い地域がパキスタンと、ふたつの国に分裂した。
  9. การส่งทหารไทยไปประจำติมอร์ตะวันออกสอดคล้องกับพันธะที่ไทยมีในข้อใด
    タイ軍による東ティモール派兵は、どのような協調関係のもとで実施されたか?

    1. ไทยเป็นสมาชิกขององค์การอาเซียน
      タイが東南アジア諸国連合に加盟していること
    2. ไทยมีความร่วมมือทางทหารกับอินโดนีเซีย
      タイがインドネシアと軍事的な協力関係にあること
    3. ไทยเป็นสมาชิกองค์การสหประชาชาติ
      タイが国際連合に加盟していること
    4. ไทยมีข้อตกลงกับกลุ่มประเทศสมาชิกเอเปก
      タイが環太平洋経済協力機構と合意したこと

          解説:タイ軍の東ティモール派兵は、国際連合が東ティモールにおける選挙管理活動の実施を決定したことにともなうものである。その後、タイは国際連合によりインドネシアから分離独立した東ティモールの平和維持活動への参加を求められている。
  10. พลังผลักดันในข้อใดที่ก่อให้เกิดการเปลี่ยนแปลงทางความคิดของคนในโลกตะวันตกจากสมัยกลางมาสู่สมัยใหม่
    中世から近代にかけての西洋世界において、人々の考え方はどのような背景のもとで変容したか?

    1. ลัทธิพาณิชยนิยม
      重商主義
    2. ลัทธิเหตุผลนิยม
      合理主義
    3. ลัทธิมนุษยนิยม
      人文主義
    4. ลัทธิจักรวรรดินิยม
      帝国主義

          解説:中世における人々の考え方は、神が人間の運命を決めるという有神論にもとづいていたため、西洋世界における社会の変容はそれほど大きくなかった。近代における人々の考え方は、自分の運命は自分で決めるという人文主義(ヒューマニズム)であり、これが科学的な革命と産業革命をもたらすきっかけとなった。
  11. ข้อใดคือสาเหตุที่ผลักดันให้เกิดการปฏิวัติอุตสาหกรรม
    産業革命をもたらす要因となったものはどれか?

    1. เพื่อพัฒนาคุณภาพสินค้า
      製品の品質向上のため
    2. เพื่อผลิตสินค้าที่มีมาตรฐานเดียวกัน
      同一の標準にもとづいて生産するため
    3. เพื่อทดแทนการขาดแคลนแรงงาน
      労働力の不足を補うため
    4. เพื่อสนองความต้องการของผู้บริโภคที่มีจำนวนมากขึ้น
      消費者による増大する需要に応えるため

          解説:産業革命の主な要因は、18世紀のヨーロッパにおける人口の増加と、それにともなう消費者による需要の拡大である。さまざまな商品の需要が急速に拡大し、生産が追いつかない状態となったため、人間や動物による労働力を機械に代替させる動きが広がり、それが産業革命をもたらすきっかけとなった。
  12. ข้อใดไม่ใช่จุดมุ่งหมายของการปฏิวัติอเมริกา ค.ศ.1776
    1776年に生じたアメリカ革命の目的としてふさわしくないものはどれか?

    1. เพื่อยุติการยอมรับความเป็นประมุขของกษัตริย์อังกฤษ
      イギリス王を君主とすることをやめるため
    2. เพื่อยุติบทบาทของรัฐสภาอังกฤษในอาณานิคมอเมริกา
      アメリカ植民地におけるイギリス議会の権限をなくすため
    3. เพื่อยุติการบังคับใช้กฎหมายอังกฤษในอาณานิคมอเมริกา
      アメリカ植民地においてイギリスの法律を適用させないようにするため
    4. เพื่อยุติความขัดแย้งระหว่างชาวอาณานิคมทางเหนือและทางใต้
      アメリカ植民地における南北対立を終わらせるため

          解説:アメリカにおける南北の対立は、アメリカ大統領のリンカーンが奴隷の解放を宣言したことによって生じたものであり、その後の南北戦争について説明しているものであるため、1776年のアメリカ革命の目的としてはふさわしくない。
  13. ประเทศใดที่นำแนวคิดของมองเตสกิเออเกี่ยวกับการตรวจสอบและถ่วงดุลอำนาจการปกครองมาใช้อย่างได้ผลมากที่สุด
    権力分立制に関するモンテスキューの考え方を取り入れて、もっとも多くの成果を収めた国はどこか?

    1. อังกฤษ
      イギリス
    2. ฝรั่งเศส
      フランス
    3. เยอรมนี
      ドイツ
    4. สหรัฐอเมริกา
      アメリカ合衆国

          解説:アメリカ合衆国は、権限を立法、行政、司法の3つに分割する権力分立制を導入した最初の国であり、その思想は1778年に制定され現在まで使われているアメリカ合衆国憲法にも影響を与えた。
  14. ข้อใดไม่ใช่ข้อแตกต่างระหว่างองค์การสหประชาชาติกับองค์การสันนิบาตชาติ
    国際連合と国際連盟の相違点としてふさわしくないものはどれか?

    1. การมีกองกำลังของตนเอง
      みずからの軍隊を持っていること
    2. การสามารถลงโทษผู้ละเมิดมติ
      制裁措置が実施できること
    3. การบังคับใช้มติขององค์การ
      決定を強制できること
    4. การอาศัยการเจรจาเพื่อยุติความขัดแย้ง
      対立を解消するため議論に頼っていること

          解説:どちらの機関においても、平和を実現し国家間の対立を解消するための手段として議論に頼っているため、対立を解消するために議論に頼っていることは国際連合と国際連盟の相違点としてふさわしくない。それ以外の項目については、国際連合と国際連盟ともに実行できないことである。

きょうは、一日中自室に籠もってペーパーを書き続けた。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。