はじめての携帯電話盗難 前編 携帯電話盗難

「クルマをただちに後退させて、対向車に進路を譲ってください!」

午後11時半、一方通行のスクンウィット13街路をスクンウィット通り側から10台以上ものクルマが逆走をしてきた。こちらは順路だったが互いに譲ろうとせず、スクンウィット13街路で建設中のコンドミニアム「リージェントレジデンス」の工事現場前で交通が完全に麻痺してしまった。けたたましいクラクションの音が鳴り止まぬなか、工事現場の警備員たちは自らの警備区域外での交通整理を駆り出されることになった。それが、今晩の事件の発端だった。

Honda Jazz を運転している友人の日本人男性は、警備員の指示を無視して、誰彼かまわずとにかく罵声を浴びせ続けた。このころになると、警備員たちは警棒を持ち出し、駐車場のゲートをスライドさせて指示に従わないクルマにぶつけようとするなどの威嚇をはじめるようになっていた。

僕は身の危険を感じて、ひとりで友人が運転している Honda Jazz から降りて、敵意のないことを伝えるために警備員たちと一緒にウイスキーを飲み始めた。このとき、手に持っていた財布をはじめ、タバコや携帯電話などを屋台にあるような簡素なテーブルの上に置いた。

しばらくすると、しびれを切らした対向車が、友人の Honda Jazz にミラーをぶつけながら強引に通過を試みるようになった。周囲から、罵声とともに歓声があがった。酒を飲んでいた警備員たちも一緒になって楽しんでいるようだった。

さすがに多勢に無勢を悟ったのか、友人はコンドミニアム「リージェントレジデンス」の建設工事現場にある駐車場にクルマを突っ込み、ついにこのソーイを逆走してきた対向車に明け渡すことを余儀なくされた。そして、その労をねぎらうために、安ウイスキーの Spey Royal を259バーツで買ってきて警備員たちに奢った。

約3時間後、フラフラになって帰宅した。安酒は悪酔いをしていけない。コンドミニアムのカードキーや財布はポケットのなかにあったが、どこを探しても携帯電話が見つからなかった。財布を盗られたのに比べれば、はるかにマシだ。そう思ってベッドへ倒れ込んだ。

昼すぎ、スィーロム通り沿いにある珈琲屋でペーパーを書いていたところ、東南アジア学研究室の職員から電話があった。前学期、ある講座で信じられないほど悪い成績をもらってしまい、平均評定が B (3.0) を割り込みかねない危機的な状態に陥っていたが、ほかの2科目によってなんとかカバーされたという知らせだった。午後10時、スクンウィット22街路にある大衆居酒屋「栄ちゃん」へ行って友人の日本人と酒を飲んだ。バンコク生活4年目にして、はじめて携帯電話を盗まれた。これまで、注意力が散漫な人だけが狙われる他人事と高をくくっていたが、まさか留学終了4ヶ月前にして自分自身がそのような憂き目に遭おうとは夢にも思ってもみなかった。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。