「どうやら外の様子が慌ただしいようですが、なにも恐れる必要はありません。閉店時間まであとわずか、みんなで楽しく盛り上がりましょう!」
午前零時50分、安宿街カーオサーンの裏手にあるマヨム通りの一帯は、20人規模の警官隊によって封鎖され、人権という言葉を忘れたテレビ局のビデオカメラが、パブ deep の窓側にある僕たちの席を明るく照らしていた。タイ語曲バンドのボーカルは、店内にいる数百人の客に対して平静を呼びかけていた。
これは、タックスィン政権による麻薬取締政策の一環として行われている抜き打ちの尿検査だ。このまま事態が推移すれば、警官隊の指揮官が店のドアを開いたあとに、巡査たちが大挙して店のなかへと雪崩れ込んでくるだろう。ここで酒に酔った若者たちが慌てふためいたり茫然自失となっている姿は、テレビのニュース番組を通じてタイの全土に放送され、お茶の間で「ザマアミロ」と思いながら見ている6千万タイ人の好奇の目に晒されることになる。
事態は予想どおりに推移した。店のドアの前には即席の検査場が設置され、店内の客に検尿用の検査セットが配布された。この容器を小便で満たさないと、店から出してはもらえない。
「これ、ホントウに小便なのか? 尿の色が薄すぎるような気がするんだが」
―― ウイスキーをたくさん飲んで、そのあいだにトイレに行きまくっていたので、尿素が全部出てしまったていたんでしょう、と小学生のように元気よく答えた。
「この運転免許証は本物か? 氏名の欄が英語で書かれているのはなぜか?」
―― タイの公文書は外国人の氏名を英語で書くことになっているみたいなんです、と小学生のように元気よく答えた。そんな規則が明文化されているかはともかく、さしあたって現場の警察官を納得させるには十分だった。
検査の結果は、もちろん「シロ」だった。
しかし、立入検査は突如として中止され、警察官はスタッフに見送られて店の外へ引き揚げていった(なにかあったんだろうか?)。
「手柄をあげるなら、麻薬をやっている客が多いパブを狙うのがもっとも確実だからね」
大富豪のフイちゃんは、ギリギリのところで難を逃れた。外に出てくると、ろれつが回らないながらも、そう説明してくれた。
「ところで、アレ、どこに捨てたのよ?」
フイは、間抜けなノックちゃんから、あまりにも露骨すぎる質問を投げかけられ、眉間にシワを寄せながらもしぶしぶ店の方を指差した。
―― こんな腐ったヤツらが来るパーティーに俺を誘うな、と別の友人に告げて帰路についた。麻薬なんてルーザーのやることだ。
午前4時20分、地下鉄パホンヨーティン駅の前にあるモーチット・バスターミナルに到着した。帰宅後、昼すぎに起きて、プララームサーム通り(ラーマ3世通り)にあるセントラル百貨店の中華料理屋「上海小龍包」へ行って友人と昼食をとってから、美容整形外科でフェイシャルエステを受けた。夜、マヨム通りにあるパブ deep へ友人たち6人と出かけた。