タイ人娼婦の誘惑に決して惑わされてはいけない

「わたしたち3人、きょうは早めにあがってコロシアムへ行くつもりなんだけど、もし良かったら一緒にどう?」

ありがちな日本人観光客であれば、逆ナンされた!異文化交流の絶好のチャンス!と言って小躍りをはめるシチュエーションかもしれないが、本当にそう易々と喜んで良いものだろうか。

午後11時半、夜の繁華街ソーイ・カウボーイにあるゴーゴーバー Rawhide で友人の日本人男性とビールを飲みながら、これまでさまざまな日本人によって語られてきた「タイ」の真偽について意見を戦わせていたところ、ひとりの娼婦が声をかけてきた。カウンターの上に置いたビール瓶から目を離して顔を上げてみると、赤く薄暗い照明を全身に浴びている全裸の娼婦がステンレスでできたスタティックポールに手をかけて、屈託のない笑顔を振りまきながら身体を左右に揺らしていた。

タイ首相のタックスィン・チンナワット警察中佐は退廃しきった社会の更生を主要な政策課題としてかかげ、首相に就任した2001年からの5年間でさまざまな対策を実行に移してきた。なかには7千人以上もの死者を出した麻薬撲滅戦争(สงครามปราบปรามยาเสพติด:ソンクラームプラーププラームヤーセープティット)のような人権軽視の政策もあったが、タイでは社会全体を良い方向へ導いているとしておおむね好意的に受け止められている。性風俗施設のゴーゴーバーはその社会的退廃の最たるものとして重点的な取り締まりがおこなわれ、外国人観光客に人気の娼婦の全裸踊りが取りやめとなり、ビキニを着て踊るといった緊急避難的な措置がとられている。

同じ通りにあるゴーゴーバーの baccarat(バカラ)はほかの店では見られない特徴的なステージがあることで知られている。店の入口のすぐそばにある1階部分では不細工極まりない娼婦がビキニを着て気怠そうに身体を動かしているだけだが、客席からガラス張りの天井を見上げれば下着をはかずに踊っている容姿が比較的マシなノーパン娼婦を下から覗き込むことができる。この店で働いている娼婦によると、もし警官隊に踏み込まれたら1階で踊っている娼婦たちが足止めをして時間稼ぎをしているあいだに2階のノーパン娼婦たちを小さな隠し部屋へ退避させて着衣を整わせることで摘発を免れる手はずになっているという。

さらに bacarat から70メートルほど離れたところにあるゴーゴーバーの Rawhide では過激なショーが半ば公然とおこなわれていた。女性器でソーダの瓶を開けたり女性器から発射した吹き矢を天井に吊してある風船に刺してを割ったりと、これまで「むかしのタイにはこんなショーあったんだよ」と聞かされてきたような伝説の芸を見物することができた。

ステージの上で身体を動かしている娼婦たちがどこの県の出身なのか、100バーツで購入したハイネケンビールの小瓶を口元へ運びながらいっしょに来ていた友人の日本人男性と賭けをすることになった。負けたほうが娼婦に80バーツのコーラをおごるという約束だ。僕はタイ南部、友人はタイ東北部と予想し、実際にその娼婦を席へ呼んで答え合わせをしてみたところコーラート(ナコーンラーチャスィーマー県)出身の23歳で、名前はヌットと言った。コーラートとは人口274万人のタイ第2の都市で、タイのなかでも特に貧しい東北部(イーサーン地方)への玄関口として知られている。

数十分後、このような経緯で知り合った娼婦たちからビアホールの Colosseum(コロッセウム)へ行こうと誘われた。

Colosseum はスクンウィット通りとトーングロー通りが交差するT字路付近にある典型的なイーサーン館で、地方からやってきた出稼ぎ労働者(月収6,000バーツ程度)や下級娼婦(月収7,000バーツ程度)たちが集まるところとして知られている。ラッチャダー8街路にある Hollywood や Dance Fever をはじめ、ペッブリー通りとトーングロー通りの交差点付近にある Bossy などと同じカテゴリの店で、いずれも田舎演歌のルークトゥンを流したり下品なお笑いショーの時間を設けたりといった共通点がある。都市部に住んでいる一般的な会社員(月収20,000バーツ程度)や大学生たちからは「田舎臭くてヘボい」といった理由から忌避されてるいるため、これらのディスコへ行ったところでイケてる客を見つけることはまず期待できない。

イヤだ。絶対に行きたくない。酒が回りはじめていたこともあって、ただでさえ席から立つことが億劫になっているうえ、こんなくだらないことのために帰宅の時間を遅らせる訳にはいかない。そんなことのために貴重な時間を費やすぐらいなら、その時間を有効活用して残りわずかのバンコク生活を少しでも有意義なものにしておきたい。娼婦の誘惑に乗りたくない理由は、ほかにもたくさんある。

娼婦の誘惑に乗りたくない理由

  1. タイ東北部出身の娼婦たちが集まっているイーサーン館へ行くなどということは、すなわち自分がヘボいと周囲に対して大声で触れて回るようなものだ。特別な理由もないのにそんなところへ出かけるなんてあまりにも恥ずかしすぎる。
  2. 世間一般のタイ人男性から女性として見なされていない娼婦と行動をともにすることで、世間一般のタイ人たちから失笑を買い軽蔑される対象もなりうる。最悪の場合、「マトモな友人」を失うことにも繋がりかねない。
  3. タイにおける娼婦たちは薬物に汚染されエイズに感染していることも多い。もし親しくなって自室に違法な薬物を持ち込まれ、そこに警察が踏み込んできたら一巻のおしまいだ。それに、タイの社会においてオンナとみなされていない生物学上の女性にエイズを染されたとあっては、それこそ目も当てられないほど惨めな人生になってしまう。
  4. 娼婦にとっての男性客とは、すなわち限度額も返済義務もない魔法のクレジットカードのようなものだ。娼婦と出かければオトコのほうは間違いなく費用の全額を負担させられることになる。そんなのは友人関係でも何でもない。そもそも娼婦とのあいだに「恋愛関係」は成立しない。あるのは有償の労働契約だけだ。まかり間違って日本の連絡先なんか教えてしまおうものなら、毎日のように資金の援助を要請する電話が受けることになる。オトコとして単なる「金ずる」に成り下がることほど惨めなことはない。
  5. ゴーゴーバーの娼婦たちは中等教育(高校)すら終えていないことが多く、マトモなタイ語を書けなければタイについての知識も乏しいため、行動をともにしたところで有益な情報は引き出せない。しかも物事の道理を理解する能力がなく、常人では考えられないような突飛な行動を繰り返すため、ただ関わっているだけでものすごいストレスを抱え込むことになる。
  6. ほとんどの娼婦には出産の経験があって子供がいる。しかも、能力的、学歴的、労働観的に、タイでは売春以外のまっとうな職に就くことができないため、経産婦が恋愛の対象となり得るかどうかという議論はともかく、まかり間違えて結婚なんてしようものなら、娼婦本人のみならず、その子供や、田舎の実家で子供の面倒を見てくれている親族などといった、数多くの人たちを自分ひとりで養っていかないといけなくなる。

いずれも、シリーズ「微笑みの国タイランドの厳しい現実」で詳しく扱っております。

娼婦の誘惑に乗ったところで良いことなどひとつもない。いまになって思い返せば、留学初期の段階では娼婦を取り巻く特別な事情について知識がまったくなかったため、冒頭に示した「ありがちな日本人」のような発想でタイ人の娼婦と交際していた可能性だって十分にあったと思う。そう考えると、タイへ来て語学留学をはじめるまえにあらかじめ現役大学生を中心とした交友関係を築いておき、大学院に在学している期間中も大学生や大卒以上のタイ人たちとお付き合いするようにしてきたのは本当に正しかった。おかげで娼婦の誘惑につけいられる隙を作らずに済んだ。もし自分に十分な数の友人がいなかったら、きっと娼婦の誘惑に負けて、今頃はとんでもない事件に巻き込まれていたことだろう。ホントウに危ないところだった。よかった、よかった。

本帰国を間近に控え、ここのところ友人の日本人たちと酒を飲みに出かける機会が急増している。先日来、語学留学時代の初期にあったような「夜のゴールデンコース」再びといった内容の日記が続いているのは、すべてこのような事情によるものだ。

きょうの午前中の便で滞在先のプーゲットからバンコクへ戻り、バンコク・ドーンムアング国際空港で友人と別れてからひとりでタクシーに乗っていたときに別の友人からの電話があった。複数の会社で常勤社員として働いていたことが発覚して懲戒免職の処分を受けたという知らせだった(後日撤回されている)。その後、日本人の友人からインド料理をご馳走になり、ナーナー4街路とソーイ・カウボーイにあるゴーゴーバーへ出かけた。

6 件のコメント

  •  いつも楽しく読ませていただき有難うございます 卒業されて日記が終わるのがさびしいですが、社会に出られてからも在タイ日本人を鋭い感覚で語られる事を期待します。
     さて娼婦の実態に対しての捉え方は自分が数十年前アジアの国々で感じたこととまったく同じで、ケイイチ氏の思考と自分の若かりしころの思考がダブって何か昔のアルバムを一人で眺めているようで楽しんでいます。日本人の多数はここタイではスターになって皆さんからちやほやして欲しいのではないでしょうか?でも普通の市民は日本人だからと言って誰もちやほやしない、だから特殊な環境(水商売)の人々と接するのが心地良い、だから益々接近していく。よくあるパターンなのではないでしょうか、やはり男でも女でも金銭的に利害関係に無い友人関係を築かなければ、お金が絡んでの人間関係は簡単だけど。。金の切れ目何とやらでは? 少し寂く思います。

  •  いつも楽しく読ませていただき有難うございます 卒業されて日記が終わるのがさびしいですが、社会に出られてからも在タイ日本人を鋭い感覚で語られる事を期待します。
     さて娼婦の実態に対しての捉え方は自分が数十年前アジアの国々で感じたこととまったく同じで、ケイイチ氏の思考と自分の若かりしころの思考がダブって何か昔のアルバムを一人で眺めているようで楽しんでいます。日本人の多数はここタイではスターになって皆さんからちやほやして欲しいのではないでしょうか?でも普通の市民は日本人だからと言って誰もちやほやしない、だから特殊な環境(水商売)の人々と接するのが心地良い、だから益々接近していく。よくあるパターンなのではないでしょうか、やはり男でも女でも金銭的に利害関係に無い友人関係を築かなければ、お金が絡んでの人間関係は簡単だけど。。金の切れ目何とやらでは? 少し寂く思います。

  • タニヤ・スクムウイット地区にある日本人カラオケ経営者、本番有りのマッサージ店経営者、その他の風俗産業経営者にとってはタイは魅惑の国であらなくてはいけないと思うよ。娼婦やSEX産業に従事する女性を美化しなければならない。商売にならないからね。

    タイにおいて外国人と一緒に歩くことは女性にとって売春していると思われていると気に掛けていると女性に言われたときは少し悲しい気分になったが、それを思うタイ人の目も貧しいと感じる。日本国内において外国人と付き合う日本人女性を快く思わないのと同じ事かもしれない。実際、海外で暮らす前は、そう感じていた。嫉妬・妬みなんだろうね。

  • タニヤ・スクムウイット地区にある日本人カラオケ経営者、本番有りのマッサージ店経営者、その他の風俗産業経営者にとってはタイは魅惑の国であらなくてはいけないと思うよ。娼婦やSEX産業に従事する女性を美化しなければならない。商売にならないからね。

    タイにおいて外国人と一緒に歩くことは女性にとって売春していると思われていると気に掛けていると女性に言われたときは少し悲しい気分になったが、それを思うタイ人の目も貧しいと感じる。日本国内において外国人と付き合う日本人女性を快く思わないのと同じ事かもしれない。実際、海外で暮らす前は、そう感じていた。嫉妬・妬みなんだろうね。

  • > YUKIO さん

    いつもバンコク留学生日記をご覧くださり、ありがとうございます。日本で働きだしてからというもの、これといったタイ関連のイベントもないものですから、新鮮な情報を何も発信できずに残念に思っています。しかし、(たぶん他の会社もそうだと思いますが)僕が勤めている会社のタイの現地法人でも、タイの文化を知らないが故の大失敗というのがいろいろとあるようですので、バンコク赴任後にでも「バンコク駐在員日記」を書こうかと思っています。・・・部下の心を掌握するためとはいえ、この極端な階級社会で、社長が中卒労働者の前で箒を持って掃除を始めちゃうっていうのは絶対にヤバイですからね。これじゃ、社長の威厳と指導力が低下するばかりです。あはは。

    娼婦に関しては、僕も YUKIO さんと考えを等しくしています。どうやら、彼らは性風俗と異文化理解という二つの問題を同時に抱え込んだ結果、訳の分からない結論を導き出してしまったのではないかと思います。ちゃんと、「性風俗」と「異文化理解」という要素に分けて、ひとつひとつ検討してもらいたいと思っています。

    YUKIO さんが指摘しておられるとおり、これらの問題は、おそらく「ここはタイだから・・・」から始まる逃げ口上と、誤ったタイ文化への思い込みがあるのではないかと思います。まったく困ったもんですよねえ。

    > AKI さん

    AKI さんが指摘しておられるとおり、風俗店の経営者は、僕がこの日記で繰り返し指摘してきたような「誤ったタイの常識」を浸透させなくては、商売が成り立たなくなってしまうと思います。でも、僕がより問題だと思うのは、長年タイに住んでいる風俗店の経営者でもない一部のフツウの日本人のあいだに、こうした錯覚と思い込みが蔓延っており、それに未だに気づいていない人が多数存在するという点にあります。

    また、外国人男性と一緒に行動しているタイ人女性が、フツウのタイ人からのような目で見られるか、という点についてもご指摘の通りだと思います。しかし、だからといってタイ人の目が貧しいとは思いませんし、嫉妬や妬みといったものでもないと思います。おそらく、「このタイ民族の恥が! タイ民族の風上にも置けないゴミめ! 目障りだからさっさと失せてくれ」くらいにしか思われていないんじゃないでしょうか?

    僕は大切な友人達に「私は売春なんてしていない」などと弁解させるのも気の毒だと思っているものですから、最初から売春をしなくても良い(ってゆうか売春なんてするはずがない)階層の友人と付き合うことにしています。なにより、その方がシンプルですし、分かりやすくて良いですからね。

  • > YUKIO さん

    いつもバンコク留学生日記をご覧くださり、ありがとうございます。日本で働きだしてからというもの、これといったタイ関連のイベントもないものですから、新鮮な情報を何も発信できずに残念に思っています。しかし、(たぶん他の会社もそうだと思いますが)僕が勤めている会社のタイの現地法人でも、タイの文化を知らないが故の大失敗というのがいろいろとあるようですので、バンコク赴任後にでも「バンコク駐在員日記」を書こうかと思っています。・・・部下の心を掌握するためとはいえ、この極端な階級社会で、社長が中卒労働者の前で箒を持って掃除を始めちゃうっていうのは絶対にヤバイですからね。これじゃ、社長の威厳と指導力が低下するばかりです。あはは。

    娼婦に関しては、僕も YUKIO さんと考えを等しくしています。どうやら、彼らは性風俗と異文化理解という二つの問題を同時に抱え込んだ結果、訳の分からない結論を導き出してしまったのではないかと思います。ちゃんと、「性風俗」と「異文化理解」という要素に分けて、ひとつひとつ検討してもらいたいと思っています。

    YUKIO さんが指摘しておられるとおり、これらの問題は、おそらく「ここはタイだから・・・」から始まる逃げ口上と、誤ったタイ文化への思い込みがあるのではないかと思います。まったく困ったもんですよねえ。

    > AKI さん

    AKI さんが指摘しておられるとおり、風俗店の経営者は、僕がこの日記で繰り返し指摘してきたような「誤ったタイの常識」を浸透させなくては、商売が成り立たなくなってしまうと思います。でも、僕がより問題だと思うのは、長年タイに住んでいる風俗店の経営者でもない一部のフツウの日本人のあいだに、こうした錯覚と思い込みが蔓延っており、それに未だに気づいていない人が多数存在するという点にあります。

    また、外国人男性と一緒に行動しているタイ人女性が、フツウのタイ人からのような目で見られるか、という点についてもご指摘の通りだと思います。しかし、だからといってタイ人の目が貧しいとは思いませんし、嫉妬や妬みといったものでもないと思います。おそらく、「このタイ民族の恥が! タイ民族の風上にも置けないゴミめ! 目障りだからさっさと失せてくれ」くらいにしか思われていないんじゃないでしょうか?

    僕は大切な友人達に「私は売春なんてしていない」などと弁解させるのも気の毒だと思っているものですから、最初から売春をしなくても良い(ってゆうか売春なんてするはずがない)階層の友人と付き合うことにしています。なにより、その方がシンプルですし、分かりやすくて良いですからね。

  • ABOUTこの記事をかいた人

    バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。