正午、いよいよ中東系の宿泊客たちが放つ独特な臭いに耐えられなり、ペッブリー1街路にあるホテル Bangkok City Inn をチェックアウトした。タイへ来る前に念のために予約を入れておいた、ピパット2街路にあるサービスアパートメントの Silom Convent Garden へ友人のクルマで移動した。ここは、バンコクにおける商業の中心地であるスィーロム通りからすぐそばの場所にあるため、交通の便が良く、家賃の1ヶ月分を保証金として預ければ月々23,000バーツで滞在することができる。全館禁煙となっているのは少々不便だが、インターネットが無料で提供されており、部屋のすぐ前の廊下で炊かれているアロマテラピーの香りが心地よい。チェックイン後、地下鉄ラートプラーオ駅の前にあるセントラル百貨店へ行ってストレートパーマをかけた。トリートメント込みで料金は2,500バーツだった。
「屋台の値段は上がり続けているというのに、わたしの給料はちっとも上がりやしない。給料は完全歩合制だから、客が来なければ報酬を受け取ることはできないし、マッサージをしたところで1時間につき50バーツしかもらえない。こんなありさまでは、毎日の食事すらままならない。客のチップだけが頼りなんだから、ゼッタイに忘れないでよ!」
午後7時半、スラウォング通りにあるタイマッサージ屋 King’s Body House で、1時間半で280バーツのマッサージを受けていたところ、マッサージ嬢がチップを渡し忘れないようにと念を押してきた。 タイの消費者物価指数は先月、まえの年の同じ月に対して年率の換算値で8.9パーセントの上昇を記録し、それにともなう物価の高騰によって人々の暮らしは危機に瀕している。チップをいつもより10バーツ多い80バーツあげた。
「ガソリンの価格が高騰している。1日あたりの売上金額約1,200バーツに対して、550バーツのタクシーのレンタル料(12時間)のほかに、燃料代が200バーツもかかっているから、差し引き450バーツの利益にしかならない。客が少ない日は赤字にもなることもあるから、暮らし向きは常に不安定で、ぜいたくはできない」
「スワンナプーム空港へ行く客は、バンコクの中心部から45キロも離れているから、もしかしたらオイシイのではないかと思うかもしれないが、それはとんでもない誤解だ。あそこへ行くためには、高速道路に乗らなければたどり着けない。高速道路の上で客を拾うことはできないし、空港でも登録している車両以外は客を乗せてはいけない決まりになっているから、復路は必ず空車の状態でバンコクの中心部まで戻って来ることになる。それで、その復路分の高速料金はどうする? 燃料代はいくらかかる? だから、わたしはいつも断っているのだが、それでも正規料金の2倍弱の400バーツぐらい払ってくれるというのなら考えてやってもイイかな?」
午後9時、スクンウィット26街路で渋滞にはまっていたところ、燃料代の高騰と、それにともなう収入減について、タクシーの運転手が不満を漏らしていた。日本のタクシー運転手は、所属している会社の車両を使って営業し、会社の経費を使って燃料を補給しており、かかった燃料代にかかわらず売上金額の40%~60%を歩合給として受け取っているが、一方でタイのタクシー運転手たちは、レンタル料金(12時間で500~550バーツ)を前払いして会社から車両を借りて、燃料代(約200バーツ)や洗車代(20~30バーツ)まで自分で負担しなければならないため、かなりのリスクを背負って仕事をしている。
「この店、音響ヤバくない? フロアが変なカタチをしているせいで、音がメチャクチャなことになっているし」
午後9時半、トーングロー21街路にあるパブ「ソーングサルン」で、合流したばかりの友人があまりの音の悪さを嘆いていた。以前は2階部分が完全な吹き抜けになっていたが、2006年におこなわれた改装工事でその吹き抜け部分が壁に変更され、1階の上部分まで張り出していたため、音が複雑に反響し合って、歪んでいるように聞こえる。ライブ2組目の 50 Cents Band (毎週土曜日午後10時半~)が演奏しているときには店から出ることも真剣に考えたが、3組目の Swing Band (毎週土曜日午後11時半~)のパフォーマンスが予想以上に良かったため、そのまま留まることにした。4組目の Adams Family (毎週日曜午前零時半~)は完全にハズレだったが、帰宅前のクールダウンとしては最高だった。
「オンナの子はそこそこ可愛いんだけど、オトコがヤバすぎなのよね」
この店の料金は、特に高い。バンコクの中心部にあるハイソ系のパブでは、Johnnie Walker Red Lavel の相場はだいたい800~1,200バーツとされているが、ここではなんと1,600バーツもする! 今晩の出費は2,730バーツだった。料金があまりにも高額であるため、店内は実入りの良い男性客やその友人たちからなるグループが目立った。帰宅時に、店の入口で携帯電話をなくした女性客からカバンの中を調べさせて欲しいと要求されたが、警備員による立ち会いがないと協力できないと言って断った。
物価の高騰も困るが、これまで「ややハイソ」なクラスだった店が、つぎつぎと「正真正銘のハイソ」へアップグレードしていってしまうと、家計への打撃も無視できなくなる。
友人は、スコッチウイスキーのコーラ割りで、いつものように撃沈した。