世界同時不況にともなう自動車産業の不振とタイにおける一時帰休

現在、勤務先の有給休暇取得促進制度を活用して、タイでバケーションを満喫している。

日没後、スワンナプーム・バンコク国際空港に到着した。出発ロビーがある4階からタクシーに乗って、サムットプラーガーン市の中心部から東へ約2キロ行ったところにあるスィリラートサッター通りまで移動した。仏教寺院のワットナイウィハーンの東、約200メートルの地点で下車して、横幅1メートルほどの狭くて薄暗い路地に入った。現在、ワットナイウィハーンでは祭りが催されており、そこからヘタクソな素人演歌が聞こえてきた。あまりのローカルさに、猛烈にイヤな予感がした。20メートルほど先に見えている木造2階建ての家屋は、新年に行ってきたばかりの別の友人宅とは比較にならないほどヒドい佇まいだった。

タイの都市部にある住宅は、タイの経済発展やタイ人の所得向上にともなって近代化されつつあるが、1980年代の初頭ぐらいまでは木造の2階建てが主流だった。外壁の塗装がすっかり褪色していることに気付いて、次第に足取りが重くなっていった。開け放たれている2階の窓からは、なぜか異常に甲高い声の女性が話している日本語が聞こえてきた。

老朽化した木製の階段をのぼり、玄関口でサンダルを脱いだ。板張りの床にポリエステルの帆布が敷かれていたが、清掃はあまり行き届いていない様子だった。そのとき、靴下を履いてこなくて良かったと密かに胸を撫で下ろしたが、それでも足の裏がゾワゾワっとする、何とも言い表せないイヤなカンジがした。

木製の階段を上って2階にある部屋へ入ると、窓に面しているところに日本語の音声を発しているデスクトップパソコンがあった。どうやら日本のテレビアニメらしい。友人によると、この作品はタイ語で ฮายาเตะ..พ่อบ้านประจัญบาน(ハーヤーテ…ポーバーンプラヂャンバーン:ハヤテ…闘う執事)といって、週刊少年サンデーで連載されている畑健二郎さん原作の漫画「ハヤテのごとく!」がアニメ化されたもので、タイ人のアニメフリークたちのあいだで人気があるウェブサイトから無料でダウンロードできるという。有志によって翻訳されたタイ語の字幕は、おおむね読みやすく、翻訳の精度も決して悪くなかった。

「そっか、キミはオタクじゃなかったんだ?」

オタクとは、漫画をはじめ、アニメやゲームなどの愛好者のことを意味している日本語のスラングで、タイでも一部のあいだでは「外来語」として認知されている。日本のようにネガティブなイメージはなく、むしろ日本フリークの完成系といったイメージが強い。前衛的な日本フリークはたいていの場合、男性の場合は萌え系のアニメ、女性の場合はコスプレにハマる。オタク文化が日本を代表するポップカルチャーと言われていることにも肯ける。今回は別の友人(下位国立大の日本語学科に通っている女子学生)からメイドのコスチュームを買ってきてほしいと依頼を受けていたが、オタク向けの店へ行く予定もなければ、イケてるとされているメイドコスを正しく選べる自信もなかったため断っている。そのような事情もあって、日本好きのタイ人たちは総じてあまりイケてない。

午後9時、卓袱台いっぱいのタイ料理が運び込まれた。男の手料理だったが、外見はレストランで出てくる料理と比べても遜色なかった。それを適当につまみながら、男3人でタイ産のブランデー Regency をコーラで割って飲んだ。午後11時半、タイ留学初期にペッブリー18街路にあるアパートを紹介してくれ、現在は大手食品メーカーの駐在員としてタイに長期滞在している友人の日本人に、約7年ぶりに再会した。

午前零時半に解散して、スクンウィット通りにあるスィリラートサッター通りの入口からタクシーに乗った。このタクシーの運転手は、岡谷鋼機のタイ法人、Union Autoparts Manufacturing で働いている正社員で、よほど日本人との本音トークが気に入ったのか、興味深い話をいろいろと聞かせてくれた。それによると、今回の世界同時不況と自動車産業不振の煽りを受けて、この会社では現在、週休3日制の勤務が実施されており、休業1日につき月給を日割りにした金額の25%が毎月給料から差し引かれているという。そのため、住宅や自動車のローンの返済に支障が出はじめてきており、それを補うためにやむなくタクシー運転手の副業をしているという。

この運転手の話を聞けば聞くほど、この現地法人の労務管理がいかに素晴らしいものか窺い知ることができる。給与等の待遇面が良いことはもちろん、全従業員の上位約10%に与えられるAランク査定を4年間連続で獲得したタイ人の従業員には日本研修の機会が与えられているなど、様々なインセンティブが用意されており、それらが効果的に機能しているようだった。この男性も、タイ人の給与所得者とは思えないほど、会社に対する忠誠心や帰属意識が強いように見受けられた。

タイ人従業員の労務管理(とくに離職率の高さ)に困っている現地法人は、この岡谷鋼機のタイ法人の経営者を見習ってみてはどうだろうか? ハッキリ言って、ホワイトカラーの従業員の労務費をケチっているような現地法人の経営者は、アホだ。タイにおける転職型労働市場の本質がまったく理解できていない。抑制すべきなのは、現業職の賃金のはずだ。非現業職の賃金まで抑制してしまったら、せっかく時間と金を費やして教育してきた従業員たちは転職し、会社は競合他社に技術やノウハウを提供するだけの単なる教育機関になってしまう。

午前1時40分、ペッブリー1街路で下車(195バーツ)して、ホテル Bangkok City Inn (850バーツ)にチェックインした。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。