タイの王統派史観

「タイの音楽を西洋の楽器で演奏することにも、西洋の音楽をタイの楽器で演奏することにも、わたしは賛成できない」

タイ研究科の必修講座「タイ文化論」を担当している講師は、国王の曾孫に与えられる「モムラーチャウォング」の称号を持っており、タイの王統派史家の牙城ともいわれている「サヤーム協会」の会長を務めている。それだけに、先祖代々受け継がれてきたタイの上流文化に対してとりわけ強いコダワリを持っている。講義の内容も「タイの伝統文化のスゴさ」をテーマにしているようなものが多く、そこから学生たちは「タイの王統派史家たちの歴史観」を学びとっている。

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午前9時半、サナームルワング(王宮前広場)の前にある国立博物館に集合して、チケット売場で館内の撮影許可をもらってから、本館へ向かった。水の都アユッタヤー、プラヂュンラヂョームグラーオ大王(1853-1910)による中央集権国家の建設と州県制の整備(ヂャッグリー改革)、英仏に対する東部と南部の領土割譲など、スコータイ時代以降のタイの王朝史に関するさまざまな史料がある。しかし、タイにおける歴代の王朝に関連する華々しい歴史だけをピックアップして、古き良きタイに自信が持てるように子どもたちを教育することが目的の博物館であるため、サックディナー制(位階田制)と奴隷制、1932年以降の軍事革命やその後の民衆虐殺など、タイの歴史における闇の部分についてはほとんど触れられておらず、これらについてはマッガサン通りにある労働者博物館のほうが詳しい。

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正午、国立劇場の裏手にあるタイ教育省芸術局附属ナーダスィン高等専門学校のバンコク校へ行って、学生食堂で夕食をとり、構内の中心部にあるプラウボーソットブワンサターンスターワートを見学した。ヂャッグリー改革がおこなわれるまでタイに存在していた「副王」は、芸術の分野で常に王室と競い合っていたこともあって、その過程でこのウボーソットにインドの文化をふんだんに取り入れた壁画が作られたという。その後、タイ映画「ホームローング」(邦題:風の前奏曲)にも出演していたこの学校の音楽教師が、教室で弦楽器曲「プラチャンプレーングチェートナイチャンディアオ」のソロ演奏を披露してくれ、タイの伝統音楽を専攻している学生たちが次々とその演奏に加わっていった。さまざまなタイの楽器が織りなすオーケストラ演奏に、感動のあまり涙を流す学生が続出した。

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バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。