タイにおける企業の設立と乗っ取り

「われわれタイ人と日本人は、ともに共存共栄できるはずだ。しかし、共同で事業を起こすにあたって、互いの信頼関係の醸成と維持を怠ってはいけない。当店のケースでは、共同出資者だった日本人が独善的な経営に終始したせいで、双方の信頼関係において深刻な禍根を残す結果となった。だから、わたしは日本人の出資者から経営権を『継承』することによって正義を貫いたんだ!」

夜、スクンウィット通り某所にある日本人向けの居酒屋で、タイ人の店主はそのように話していた。もう一方の当事者である日本人の出資者は、おそらく「乗っ取られた」と主張することになるのだろうが、このタイ人の店主に店を「乗っ取った」という意識はまるでない様子だった。

この日本人向けの居酒屋は、いまからおよそ4年前に営業を開始した。ところが経営方針をめぐって日本人の出資者とタイ人の出資者のあいだに対立が生じて、最終的に日本人の出資者が店の経営から排除される結果に終わったという。だが、事の真相については、日本人の出資者からも話を聞いてみるまでは判断できない。

タイでは、外国人の資本が過半数を占めている企業の設立は、外国人事業法によって厳しく制限されている(投資奨励法にもとづくタイ国投資奨励委員会(BOI)等によって指定されている企業は除く)。したがって、タイで起業する場合には、登記上の経営権がタイ人の株主によって牛耳られることになり、それがタイにおけるタイ人による企業乗っ取りの温床となっている。

実際に、タイにおいて日本人の経営権が収奪されたという話は枚挙にいとまがない。そのため、企業の乗っ取りに対して、日本人の経営者たちは知恵を絞ってあの手この手の対抗策を講じている。企業の乗っ取りは、臨時株主総会で日本人の経営者と協調しないメンバーが取締役に選任されること、取締役会で日本人代表取締役の解任が決議されることのふたつによってはじめて成立するものだから、日付が記入されていない株式譲渡契約書をあらかじめタイ人の株主に提出させておき、日付が記入されていない取締役の辞任願をタイ人の取締役に提出させておけば、臨時株主総会または取締役会で自分に不利な決議がなされた場合、それを無効にすることができる(ただし法的な実効性については確認が取れていない)。

でも、タイで会社を経営するのであれば、そんな防衛策を弄するより前に、ほかの出資者とのあいだに信頼関係を築いて、それを維持できるだけの能力がないと難しいだろう。

午後、ヂュラーロンゴーン大学の文学部へ行ってミャンマー研究の講義に出席してから、スクンウィット通りの某所にある日本人向けの居酒屋で友人と飲んだ。酒を飲みたいときに付き合ってくれる友人に感謝!

18 件のコメント

  • こんばんは。先日はお会いできず残念でした。
    また次の機会を楽しみにしています。

    今回も興味深い話題を提供して下さり、ありがとうございます。
     タイでの企業設立における外資の規制は、仏暦2542年外国人事業法によって規定されています。同法で定義される「外国人=外国企業」とは、外資過半の企業を指します(「外国企業」と言っても、もちろんタイ現地法人です)。一方、たとえ外資が入っていてもタイ資本が過半であれば「タイ企業」とみなされます。
     外国企業は、外国人事業法の規制によって、サービス業など幾つかの業種については参入が禁止されています。ただし、製造業は規制されておらず、外資100%でも問題無く企業を設立できます。
     「BOIの認可によって外資過半でも認可される」と一般に考えられることも多いのですが、これは厳密には正確ではなく、「BOIが奨励・恩典を与えることが、製造業であることの証明となる」、この結果、製造業であるために外資過半が認可される、ということになります。と言いますのも、現代の製造業は、特にメンテナンスやリペアなど、サービス業との境界が曖昧な部分が少なくありません。こうした業種では、あたかもBOIの認可をとることで外資過半が認められたように外見上は見えますが、実際には製造業としてのお墨付きを得たということになります。

  • こんばんは。先日はお会いできず残念でした。
    また次の機会を楽しみにしています。

    今回も興味深い話題を提供して下さり、ありがとうございます。
     タイでの企業設立における外資の規制は、仏暦2542年外国人事業法によって規定されています。同法で定義される「外国人=外国企業」とは、外資過半の企業を指します(「外国企業」と言っても、もちろんタイ現地法人です)。一方、たとえ外資が入っていてもタイ資本が過半であれば「タイ企業」とみなされます。
     外国企業は、外国人事業法の規制によって、サービス業など幾つかの業種については参入が禁止されています。ただし、製造業は規制されておらず、外資100%でも問題無く企業を設立できます。
     「BOIの認可によって外資過半でも認可される」と一般に考えられることも多いのですが、これは厳密には正確ではなく、「BOIが奨励・恩典を与えることが、製造業であることの証明となる」、この結果、製造業であるために外資過半が認可される、ということになります。と言いますのも、現代の製造業は、特にメンテナンスやリペアなど、サービス業との境界が曖昧な部分が少なくありません。こうした業種では、あたかもBOIの認可をとることで外資過半が認められたように外見上は見えますが、実際には製造業としてのお墨付きを得たということになります。

  •  問題なのは、サービス業など外国人事業法の規制業種を、外資過半で行ないたい場合です。こうした場合に、ケイイチさんんも仰るような、「登記上はタイ人所有株を過半にする」ことが行われることが多いのは事実でしょう。ですが、ここで注意しなければいけないのは、外国人事業法36条によって「名義貸し」が違法行為であることが明記されていることです。しかも規定上は罰金だけではなく、懲役刑となる可能性もあります。
     名義貸しとならないように、しかも経営権を外資(日本側)が握る方法は、いくつか考えられていますが、長くなってしまうのでここでは割愛します。

  •  問題なのは、サービス業など外国人事業法の規制業種を、外資過半で行ないたい場合です。こうした場合に、ケイイチさんんも仰るような、「登記上はタイ人所有株を過半にする」ことが行われることが多いのは事実でしょう。ですが、ここで注意しなければいけないのは、外国人事業法36条によって「名義貸し」が違法行為であることが明記されていることです。しかも規定上は罰金だけではなく、懲役刑となる可能性もあります。
     名義貸しとならないように、しかも経営権を外資(日本側)が握る方法は、いくつか考えられていますが、長くなってしまうのでここでは割愛します。

  •  ところで、ケイイチさんの紹介して下さった手法には幾つかの問題があります。
    (私の意図は、ケイイチさんの日記の内容を批判することでは決して無く、純粋に情報交換・意見交換のためです。私もいつも、ケイイチさんの日記からとても勉強させて頂いておりますので、その点は誤解なさらないで頂けると大変ありがたいです)

     まず、外国人事業法で規制されているのは株式の保有率のみであって、取締役の国籍については規制していないことです。合弁相手と合意さえできれば、仮にタイ資本が過半であったとしても、取締役全員が外国(日本)人であっても構いません。従って、取締役会がどうこうというのは実はあまり関係がありません。数年前から法改正論議はずっと続いていて、そこでは取締役についても規制しようとの流れもあるようですが、とりあえず現在までは実現しておりません。ここで問題なのは、取締役会ではなく、株主総会の方です。
     また、前述のとおり名義貸しは違法行為ですので、タイ側株主ともめた状態で「空欄の株式譲渡契約書」などを盾に下手に法廷論争の構えを見せようものなら、名義貸しの点を攻められて、むしろ不利な状況に追い込まれることが目に見えています。
     さらに、株式譲渡契約書によって、いったい誰に譲渡するのか、という現実的な問題もあります。譲渡先は当然タイ人でなくてはいけないわけですが、それまでのパートナーよりも信頼できるパートナーをすぐに見つけるというのは至難の業かもしれません。
     もちろん、この手法の抑止力としての効果を完全に否定するつもりはありません。しかし、実際に適用するのはやや難しいようです。

  •  ところで、ケイイチさんの紹介して下さった手法には幾つかの問題があります。
    (私の意図は、ケイイチさんの日記の内容を批判することでは決して無く、純粋に情報交換・意見交換のためです。私もいつも、ケイイチさんの日記からとても勉強させて頂いておりますので、その点は誤解なさらないで頂けると大変ありがたいです)

     まず、外国人事業法で規制されているのは株式の保有率のみであって、取締役の国籍については規制していないことです。合弁相手と合意さえできれば、仮にタイ資本が過半であったとしても、取締役全員が外国(日本)人であっても構いません。従って、取締役会がどうこうというのは実はあまり関係がありません。数年前から法改正論議はずっと続いていて、そこでは取締役についても規制しようとの流れもあるようですが、とりあえず現在までは実現しておりません。ここで問題なのは、取締役会ではなく、株主総会の方です。
     また、前述のとおり名義貸しは違法行為ですので、タイ側株主ともめた状態で「空欄の株式譲渡契約書」などを盾に下手に法廷論争の構えを見せようものなら、名義貸しの点を攻められて、むしろ不利な状況に追い込まれることが目に見えています。
     さらに、株式譲渡契約書によって、いったい誰に譲渡するのか、という現実的な問題もあります。譲渡先は当然タイ人でなくてはいけないわけですが、それまでのパートナーよりも信頼できるパートナーをすぐに見つけるというのは至難の業かもしれません。
     もちろん、この手法の抑止力としての効果を完全に否定するつもりはありません。しかし、実際に適用するのはやや難しいようです。

  •  ケイイチさんの仰るように、タイ人の仲間との信頼を築くことが重要であるという点については、全く同感です。「当初は関係が良く、だからこそパートナーとなったものの、時を経るに従って関係がこじれてきた」ですとか、「親の代は緊密な関係だったが、子の代になって疎遠になった」といったケースが多く、要は人間関係が背景にあるわけですが、だからこそ難しい問題であると言えそうです。

     長文駄文、大変失礼いたしました。

  •  ケイイチさんの仰るように、タイ人の仲間との信頼を築くことが重要であるという点については、全く同感です。「当初は関係が良く、だからこそパートナーとなったものの、時を経るに従って関係がこじれてきた」ですとか、「親の代は緊密な関係だったが、子の代になって疎遠になった」といったケースが多く、要は人間関係が背景にあるわけですが、だからこそ難しい問題であると言えそうです。

     長文駄文、大変失礼いたしました。

  • はじめまして。いつも楽しく拝見しています。
    さて、私は以前からバンコクでパブレストラン、ディスコの経営に興味を持っています。ネットで探すと、そのようなビジネス売買の斡旋業者を見かけますが、外国人がこれらに投資をし経営をすることには規制があるのでしょうか?
    法人にせず個人での経営という形ではいかがでしょうか?

  • はじめまして。いつも楽しく拝見しています。
    さて、私は以前からバンコクでパブレストラン、ディスコの経営に興味を持っています。ネットで探すと、そのようなビジネス売買の斡旋業者を見かけますが、外国人がこれらに投資をし経営をすることには規制があるのでしょうか?
    法人にせず個人での経営という形ではいかがでしょうか?

  • >hiroさん

    はじめまして。いつもバンコク留学生日記をご覧くださりありがとうございます。

    ご質問の件につきましては、僕にはよく分かりません。僕の知っている前例では、シーロム通りソーイ4に Speed という日本人経営のクラブ(ヒップホップ系?)があります。

    酒が関わる仕事ですので、おそらく袖の下などが必要になるかもしれませんが、「相場」というものをあらかじめ知っておかないと当然のようにボッタくられることになると思います。また、日本人を相手にしたコンサルタント会社を信頼しすぎてもいけないと思います。いろいろ難しそうですね。

    そういえば、先日読んだ RCA 関連のタイ語論文によれば、「ディスコにするといろいろと面倒くさいから、料理店として登記する」という方法をとっているところも少なくないようです。その詳しいノウハウについてはよく分かりませんが、ナイトスポットを取り締まる特定法(もしかしたら革命団布告かも)があったと思いますので確認してみると良いかもしれないと思います。

    まずは、その分野のビジネスをされている方と知り合って、さまざまなノウハウについて教えてもらうと良いかもしれないと思います。

  • >hiroさん

    はじめまして。いつもバンコク留学生日記をご覧くださりありがとうございます。

    ご質問の件につきましては、僕にはよく分かりません。僕の知っている前例では、シーロム通りソーイ4に Speed という日本人経営のクラブ(ヒップホップ系?)があります。

    酒が関わる仕事ですので、おそらく袖の下などが必要になるかもしれませんが、「相場」というものをあらかじめ知っておかないと当然のようにボッタくられることになると思います。また、日本人を相手にしたコンサルタント会社を信頼しすぎてもいけないと思います。いろいろ難しそうですね。

    そういえば、先日読んだ RCA 関連のタイ語論文によれば、「ディスコにするといろいろと面倒くさいから、料理店として登記する」という方法をとっているところも少なくないようです。その詳しいノウハウについてはよく分かりませんが、ナイトスポットを取り締まる特定法(もしかしたら革命団布告かも)があったと思いますので確認してみると良いかもしれないと思います。

    まずは、その分野のビジネスをされている方と知り合って、さまざまなノウハウについて教えてもらうと良いかもしれないと思います。

  • 早速のご返答ありがとうございました。
    簡単ですが自己紹介させていただきますと、私は現在日本で音楽、バンド関係の仕事をしております。タイのエンターテイメントにはかねてから興味があり、いずれはそちらでそれに関して何かできれば、と情報の収集をしていましたところこのブログにたどりつきました。当初は日本風な?ライブハウスを、と考えていたのですが、いろいろとお話を伺ったりしていますと、タイではあまり受けいれられないのではないか、ということでした。ケイイチさんはどう思われますか?
    さて、今わたしはタイ語の勉強を始めその道へ向かうべく準備をしています。またお世話になることもあるかと思いますが今後ともよろしくおねがいします。(以前にも興味のある記事を書かれていたのでそこにトラックバックを試みたのですが、うまくいかなかったので今回そちらも再挑戦してみます。)

  • 早速のご返答ありがとうございました。
    簡単ですが自己紹介させていただきますと、私は現在日本で音楽、バンド関係の仕事をしております。タイのエンターテイメントにはかねてから興味があり、いずれはそちらでそれに関して何かできれば、と情報の収集をしていましたところこのブログにたどりつきました。当初は日本風な?ライブハウスを、と考えていたのですが、いろいろとお話を伺ったりしていますと、タイではあまり受けいれられないのではないか、ということでした。ケイイチさんはどう思われますか?
    さて、今わたしはタイ語の勉強を始めその道へ向かうべく準備をしています。またお世話になることもあるかと思いますが今後ともよろしくおねがいします。(以前にも興味のある記事を書かれていたのでそこにトラックバックを試みたのですが、うまくいかなかったので今回そちらも再挑戦してみます。)

  • >hiroさん

    僕も日本風なライブハウスというのは流行らないと思います。僕のイメージとしては、「音楽を音楽として愛している層」よりも「音楽を酒のツマミとして愛している層」の方が多いのではないかと考えているからです。

    今後ともよろしくお願いします。

  • >hiroさん

    僕も日本風なライブハウスというのは流行らないと思います。僕のイメージとしては、「音楽を音楽として愛している層」よりも「音楽を酒のツマミとして愛している層」の方が多いのではないかと考えているからです。

    今後ともよろしくお願いします。

  • ABOUTこの記事をかいた人

    バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。