「これは……ちょっと熱すぎるんじゃない?」
夜、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 17階の自室の浴室で、交換したばかりの電気式の湯沸器について、友人がしたり顔で不満を漏らしていた。
タイの浴室は、シャワー室や浴槽のほか、洗面台やトイレが一体となっている。これまでトイレだけが独立している部屋は見たことがあっても、シャワー室だけが独立している部屋は見たことがない。日本にあるようなユニットバスとは違って、ほとんどの場合、壁や床の全面がタイル張りになっている。この部屋の浴室にも、大理石調のタイルが貼られているが、それが本物の大理石なのかどうかは部屋のオーナーに聞いてみないと分からない。
タイの集合住宅には都市ガスのガス管が埋設されていないため、ガス式の給湯器は設置できず、入居者がそれぞれ自前で用意した電気式の湯沸器が設置されている。その洗面台の下に設置されている湯沸器が24日の朝に故障してしまったため、この6日間のあいだ、ずっと常温のシャワーで我慢し続けてきた。
タイ人たちのあいだで使われている電気式の湯沸器は、水温が低すぎたり水量が少なすぎたりと、日本で使われているガス式の給湯器と比べて性能の面で格段に劣っている。湯沸器の能力は、 Watt という電力量で記載されている。
2001年11月から2003年3月までの語学留学時代、僕はペッブリー18街路にあるアパート Venezia Residence の6階(家賃8,000バーツ)に住んでいた。その部屋の浴室に設置されていたのは2,000バーツ前後で販売されている電力量1,800ワットの電気式の湯沸器で、常温よりほんの少しだけマシな程度の温水がチョロチョロ出てくるというものだった。髪の毛を洗ったときにシャンプーを洗い流すだけでもひどく苦労したのを覚えている。当時はタイへ来たばかりで何も分かっていなかったため、「タイのシャワーはこんなにヘボいのか!?」と内心でタイを小馬鹿にしていたが、いまになって思い返してみれば、バカにされるべきなのは、そんなヘボい湯沸器が設置されているような安い部屋にしか住めなかった僕のほうだったのかもしれない。
2003年11月に大学院へ入学してからは、スクンウィット13街路にあるコンドミニアム Sukhumvit Suite の17階(家賃21,000バーツ)に住んでいる。最初にこの部屋の浴室に設置されていたのは5,600バーツ前後で販売されている電力量6,000ワットの電気式の湯沸器で、語学留学時代の湯沸器と比べればだいぶマシにはなっていたが、それでも水温が38度ぐらいまでしか上がらなかった。そのため、この2年間で浴槽にお湯を張ったのは5回にも満たない。
そこで今回、電気式の湯沸器が壊れたのを機に、部屋のオーナーに頼み込んでみたところ、より強力な電力量8,000ワットの湯沸器を取り付けてもらえることになった。
午後2時ごろ、高級百貨店 Emporium の家電売場に手配を依頼していた電気工が到着し、買ったばかりの電気式の湯沸器を、浴室の洗面台の下に設置してもらった。工賃は800バーツだった。
さっそく浴槽に湯を張ろうと水道の蛇口をひねってみたところ、なんと水温60度のお湯が噴き出してきて驚いた。浴槽に張った湯を棒でかき混ぜながら水を混ぜると、水温45度の理想的な湯船ができあがった。茹で蛸のようになるまで浸かり続け、風呂から上がるとペーパーのことも忘れ、冷房がキンキンに効いている寝室へ直行し、ベッドに寝転んで気持ち良く昼寝した。
タイ語には「熱い湯を浴びてきた」という慣用表現がある。「さまざまな苦難を乗り切ってきた」という意味で使われているが、日本人としては冷水を浴びるぐらいなら熱いお湯の方がよほど良いと思う。浴槽の湯は熱い方がいいに決まっている。