「ほかの店はガラガラなのに、この店の前だけ行列ができている。本当にすごい人気よね。あ、あそこに座っている人、見たことがあるんじゃないかしら? ナーングバープ(毎週月曜と火曜の午後8時20分~午後10時に放送しているタイ・チャンネル7の主力ドラマシリーズ)で奴隷の妹役のほう(ヤート)を演じているエ=イッサリヤー・サーイサナンじゃない! エセ日本料理屋の Fuji と比べたら、ちょっとだけ割高かもしれないけど、これほど本格的な日本料理がこんなに手頃な価格で食べられるようになったのだから、日本人のあなたとしては幸せでしょう?」
午後8時半、高架電車サヤーム駅の前にあるショッピングモール「サヤームパラゴンで」、友人が周囲を見渡しながら言った。
日本全国に165の店舗を展開している定食屋「大戸屋」はいま、ここバンコクで「ハイソっぽい日本料理屋」として脚光を浴びている。そもそもの火付け役は、トーングロー15街路にあるオシャレなショッピングモール J-Avenue に出入りしている本物志向の比較的裕福なバンコク人たちだったが、口コミで「 Fuji や Zen 並の価格で本格的な日本料理が楽しめるオシャレスポット」としての評判が口コミでバンコク人たちのあいだに広がり、ついに高架電車サヤーム駅の前にバンコク2号店を出店した。現在、エーガマイ通りにある大型スーパー Big-C や高架電車プローンポング駅前への出店も計画しているという。
大戸屋がバンコクで成功した主な要因は、バンコクの中間層のあいだ高まりつつある健康志向と本物志向のニーズに対して、その要求を満たしているサービスをタイムリーに提供できたことにある。
近年、中流以上のバンコク人は、バブル景気の追い風に乗って所得が飛躍的に向上して豊かになり、健康に対する意識も高まってきている。さらに、 Oishi や Unif などの飲料メーカーがテレビ CM を利用して緑茶が健康に良いと繰り返し宣伝してきたこともあって、日本料理のポジティブなイメージも定着している。現在、セブンイレブンでは7種類の砂糖漬けの緑茶が販売されており、バンコク人たちはそれぞれ趣の異なる何種類もの「緑茶」に混乱させられていたが、そこに登場したのが日本発のホンモノ志向の定食屋「大戸屋」だった。
大戸屋は、タイにおけるそれまでの日本料理屋が全面に押し出していた「わざとらしい日本っぽさ」を完全に排除して、オシャレで都会的な日本のイメージを演出することで、健康を追求している本物志向のバンコク人のハートを見事射止めることに成功した。
しかし、大戸屋2号店が出店する直前、元祖である1号店の味が悪くなったのは記憶に新しい。ヘラでペッタンペッタンにされて出てきたライスには、心底ウンザリさせられた。もし、大戸屋のタイ法人が現地従業員の教育ノウハウを確立させることさえできれば、バンコクの都内に20前後の店舗を展開して、タイにおけるメジャーな外食チェーンの仲間入りを果たせるかもしれない。
昼、スィーロム通りにある珈琲屋で友人たちと過ごしてから、サヤームパラゴンへ行って夕食をとった。