バカにされるタイ人の大学生 バカにされる日本人の留学生

「わたしの友達には、日本人の彼氏と付き合ってる人なんていくらでもいるわよ。みんなレストランとかで知り合ったみたい。あなたも学生ってことは、彼らと同じようにビザのために学校に通ってるクチでしょう? そういえば、日本人ってそろいもそろって英語が下手よね? どうせあなたにもムリなんでしょうけど、せっかくの外国人同士なんだし英語で話しましょうよ」

午前2時半、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 17階の自室で、ベッドに寝ころびながら、タイ人から紹介された大学生のプレーオ(21歳)と電話で話していた。そのとき、自分の血液がものすごい勢いで頭のてっぺんまで上がっていくのを感じ取り、受話器を握っている右手がワナワナと震えていることに気がついた。

日本の在留資格を取得するために酒田短期大学(閉校)に在学し、ホステスとして働いていたような一部の中国人の女性留学生たちと同一視されては、まったく憤懣やるかたない。

カジュアルな場面で自己紹介をするときには普通、「プラナコーン・ラーチャモンコンの3年生で英語を勉強しています」といったような砕けた表現を使うが、プレーオは「わたしはプラナコーン・ラーチャモンコン工科大学パニッチャヤゴーンプラナコーン校英語学科の3年生です」と言った。しかし、このような傾向は、プレーオに限らず、ラーチャパット系とラーチャモンコン系の国立大学にかよう学生に共通してみられる。その目的は「大学」という単語を使うためだったと考えられる。

国立ラーチャモンコン工科大学(*1)は昨年、高等専門学校のような位置づけにある高等教育機関(準学士の学位を発行)から、総合大学に昇格したばかりだ。実際には、入学試験の難易度から、カリキュラムの難易度や教育機関としてのイメージまでのどれをとっても、中堅の私立大学に対して劣っているのだが、それでも彼女たちには自分が国立大学の学生であるという高すぎるプライドがある。

ラーチャモンコン工科大学のモデル授業料(*2)は、半年で6,610~9,110バーツと、(公開大学であるラームカムヘーング大学およびスコータイタンマティラート大学をのぞく)どの大学と比較しても安い。このような事情から、経済的な問題を抱えている家庭の学生が多く在学しており、アルバイトに精を出す学生も少なくない。

正直、外国人の知り合いが多いタイ人はあまり好きにはなれない。もちろん、そのなかには良いタイ人もたくさんいるが、それよりも前に外国人と知り合った経緯がどうしても気になってしまい、全幅の信頼を置くことができない(そういった理由から、僕には日本語の語彙が5語以上ある友人はほとんどいない)。そもそも、ふつうのレストランで働いているのに、どうしてそんなに外国人と知り合う機会があるんだよ!? あまりにも不自然すぎるとは思わないか?

―― キミは英語を専攻していて、英語ができるつもりになっているみたいだけど、俺だっていちおう国立大学の大学院に入れるだけの英語力ぐらいならあるし、キミの大学の英語専攻のレベルなんかに比べれば遙かにマシなはずだ。そもそも、なんで俺が、ビザのために学生をしているようなキミのヘボいお友達と比較されなければいけないんだ。フザケンナ!

・・・・・という言葉が喉の先まで上がってきていたが、電話口で怒鳴ったところでオトコが廃るだけで、まるでいいことがない。自分がいまヂュラーロンゴーン大学の大学院に在籍していることを言えば、効果覿面、一気に優位に立つこともできるのかもしれないが、世間で言われているような「ヂュラー大生」の悪いクセを真似る必要もない、と思ってグッと飲み込んだ。

―― いや、英語で話す必要はないさ。なぜなら、キミと話すことなんか、もう何もないからだ。そろそろ受話器を戻しても良いかな?

少しでも気を抜いたら、すぐにでも大きくなってしまいそうな声量を必死で抑えながら言うと、相手からの応答を待たずにコードレス電話機の終話ボタンを押した。

そういえば先日、友人の日本人がこのようなことを話していた。

「タニヤ通りで、ヂュラーロンゴーン大学の文学部で日本語を専攻している学生のほか、父の知り合いを交えて3人でお茶をしてたときに、あろうことかそのオッサン、『可愛いねえ、キミはどの店で働いているの?』なんて聞いたのよ!? まったく、どういう神経してるのかしら。彼女、そのオッサンが立ち去ったあとに、涙ぐみながら『こんな屈辱は生まれて初めて。絶対にあり得ないこと』と言って悔しがっていたわ。あまりにも気の毒だった」

タイ人というだけで娼婦と同一視されてしまうタイ人の女子大生、日本人というだけでバンコク在住の棄民たちと同一視されてしまう日本人の留学生。お互い様と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、どうにも釈然としない。

しかし、冷静になって考えてみれば、この日本人のオッサンは「タイ人は全員カネで買える」と本気で思い込んでいるのかもしれないし、プレーオだって「日本人はみんな頭がワルイ」と本気で思い込んでいるのかもしれない。

特に、娼婦との交流しかないバンコク在住の一部の日本人たちは、能力的な格差が著しいタイにおいてもっともヘボい階層だけを見て、タイに来れば自分は能力的にも経済的にも神になれると本気で錯覚してしまう。しかし、もし仮にその妄想が真実であるのなら、バンコクの中間層もビックリするような貧民窟なアパートに住んでいる日本人はひとりもいないだろう。

タイは極端な階級社会といわれている。タイ人でも日本人でも、それぞれ階層ごとに分断されている独自のコミュニティーを形成しているため、交友関係が極端に低レベルな階層に限られていると、社会の全体像を正しく把握することが難しくなる。

昼、スィーロム通りにある珈琲屋へ行って、今年4月から勤務することになっている会社の入社前研修の内容を e-Learning で学んでから、タニヤ通りにある日本料理屋「味里」で友人と夕食をとり、その後、スクンウィット22街路にある大衆居酒屋「栄ちゃん」で別の友人と飲んだ。

*1 プラナコーン・ラーチャモンコン工科大学は、2005年1月18日布告のラーチャモンコン工科大学設置法に基づいて総合大学(マハーウィッタヤーライ級)へと昇格したばかり国立大学で、2年前までは「ラーチャモンコン工科学校」(サターバン級)と呼ばれていた。同法の施行にともない、それまで40近くあった分校舎は9つのラーチャモンコン工科大学と38の校舎に再編された。それぞれの内訳は次の通り。①タンヤブリー・ラーチャモンコン工科大学(別名クローングホック・2校舎)、②グルングテープ(バンコク)・ラーチャモンコン工科大学(3校舎)、③タワンオーク(東部)・ラーチャモンコン工科大学(5校舎)、④プラナコーン・ラーチャモンコン工科大学(5校舎)、⑤ラッタナゴースィン・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)、⑥ラーンナー・ラーチャモンコン工科大学(7校舎)、⑦スィーウィチャイ・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)、⑧スワンナプーム・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)、⑨イーサーン・ラーチャモンコン工科大学(4校舎)。

*2 タイにおける大学の授業料は、理系学部で高い傾向がある。また、私学で唯一の医学部を開設しているラングスィット大学では、医学部の授業料は日本大学医学部の学費に匹敵する。なお、国からの補助金が大幅に削減され、独立採算モデルの確立に迫られている国立大学の学費は段階的ではあるが、年々高騰している。授業料の水準はそれぞれ次のとおり。ラーチャパット大学12,025~12,750バーツ、一般の国立大学11,150バーツ、私立大学18,500~46,000バーツ。

*3 本来、都市部のラーチャモンコン工科大学に入学して授業について行ける程度の能力があれば、下位以上の私立大学でもなんとかやっていくことができる。私立グルングテープ大学(バンコク大学)の工学部を卒業した友人の話によれば、「ラーチャモンコン大学なんて、商業高専より少しだけマシなレベルでしょう? グルングテープ大学とは全く比較の対象にもならない」とのことだった。

4 件のコメント

  • タイ人は、英語が話せる人=優秀な人だと思ってますよね。
    タイは植民地になった経験がないにも関わらず、アジアの中でトップクラスの白人崇拝国だと思います。
     
    質問なんですが、やはりタイのエリート層は英語が堪能な人しかなれないのでしょうかね?もしそうだとすれば、やはり日本は恵まれた国だと思いますね。英語能力0に近い奴だって、年収1000万稼げる国なのですから。

    以前私もタイ人に日本人は英語が駄目=馬鹿だといわれてカチンときた経験があります。その時、私は「日本人は日本語に誇りを持っている、外国資本に頼りきりのタイと一緒にされては困る。日本は世界第二位の経済大国だ。従って世界人は英語とともに日本語を学ぶべきだ。」と言い返しました。私が言った内容は確かにケイイチサンから見れば内容的に誤りだと思いますが、そのタイ人は妙に納得していました。(笑)

    ケイイチさんの周りにいるハイソ階級のタイ人は本当は日本の事をどのように考えているのでしょうか?日本国もかなりの額のODAを貢献してますし、(新しい空港も日本政府出資率40パーセントだと聞きました)それでいて日本を馬鹿にされたんじゃ、なんか悔しいですよね。(もちろんバンコク沈没日本人は軽蔑されても仕方ないと思います。)

  • タイ人は、英語が話せる人=優秀な人だと思ってますよね。
    タイは植民地になった経験がないにも関わらず、アジアの中でトップクラスの白人崇拝国だと思います。
     
    質問なんですが、やはりタイのエリート層は英語が堪能な人しかなれないのでしょうかね?もしそうだとすれば、やはり日本は恵まれた国だと思いますね。英語能力0に近い奴だって、年収1000万稼げる国なのですから。

    以前私もタイ人に日本人は英語が駄目=馬鹿だといわれてカチンときた経験があります。その時、私は「日本人は日本語に誇りを持っている、外国資本に頼りきりのタイと一緒にされては困る。日本は世界第二位の経済大国だ。従って世界人は英語とともに日本語を学ぶべきだ。」と言い返しました。私が言った内容は確かにケイイチサンから見れば内容的に誤りだと思いますが、そのタイ人は妙に納得していました。(笑)

    ケイイチさんの周りにいるハイソ階級のタイ人は本当は日本の事をどのように考えているのでしょうか?日本国もかなりの額のODAを貢献してますし、(新しい空港も日本政府出資率40パーセントだと聞きました)それでいて日本を馬鹿にされたんじゃ、なんか悔しいですよね。(もちろんバンコク沈没日本人は軽蔑されても仕方ないと思います。)

  • > のぶゆきさん

    こんにちは。ある論文に書いてあったのですが(名前は忘れてしまいました)、なんでも「特権階級=英語圏留学=英語が堪能」という構図があるみたいですよ。爵位や禄高に代わる階級社会におけるひとつの指標とされているようです。

    というわけで、白人崇拝と言うよりは、どちらかというと「英語にひれ伏す」ような妙な文化があるような気がします。ポイントなのは日本留学でもなく、日本語にひれ伏すのでもないというところですね。

    こういった価値観がホントウに良いのかどうかはともかく、「特権階級=英語圏留学=英語が堪能」というルールは彼らの仲間内におけるマイナールールのようなもので、僕たちが云々言って変えることなんてできないのでしょうけれども。

    ちなみに、僕の印象だとタイ政府、特にタクシン政権は「海外から援助されている」ことを隠したがりますね。どうやら、「集票政策=愛国政策」という考え方があるようで、あんまり外国に依存していることを強調したくないのだと思います。

    実際に、こういった話はバンコク人でもほとんど知りませんものね。たとえば地下鉄とか・・・。まあ、 ODA については、「日本の政治家にとっての利権活動」と考えることにしてあきらめましょうよ。なんか、それ以上は期待できないような気がします(笑)

  • > のぶゆきさん

    こんにちは。ある論文に書いてあったのですが(名前は忘れてしまいました)、なんでも「特権階級=英語圏留学=英語が堪能」という構図があるみたいですよ。爵位や禄高に代わる階級社会におけるひとつの指標とされているようです。

    というわけで、白人崇拝と言うよりは、どちらかというと「英語にひれ伏す」ような妙な文化があるような気がします。ポイントなのは日本留学でもなく、日本語にひれ伏すのでもないというところですね。

    こういった価値観がホントウに良いのかどうかはともかく、「特権階級=英語圏留学=英語が堪能」というルールは彼らの仲間内におけるマイナールールのようなもので、僕たちが云々言って変えることなんてできないのでしょうけれども。

    ちなみに、僕の印象だとタイ政府、特にタクシン政権は「海外から援助されている」ことを隠したがりますね。どうやら、「集票政策=愛国政策」という考え方があるようで、あんまり外国に依存していることを強調したくないのだと思います。

    実際に、こういった話はバンコク人でもほとんど知りませんものね。たとえば地下鉄とか・・・。まあ、 ODA については、「日本の政治家にとっての利権活動」と考えることにしてあきらめましょうよ。なんか、それ以上は期待できないような気がします(笑)

  • ABOUTこの記事をかいた人

    バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。