「この男、本当に国王役なの!?」
午後9時、ペッブリー18街路にあるアパートでチャンネル3の時代劇「二世界放浪記」を見ていたときにエーンが声を上げた。
テレビにはアユッタヤー朝の重臣たちが平伏するシーンが映っていた。国王が高さ2mぐらいある壇の上で踏ん反り返っている。
タイでは歴代国王の扱いには細心の注意が払われている。時代劇では、国王役には王族の役者を使うか、足下だけを映すか、音声のみの放送にするかなどの配慮がなされるという。「一般市民が国王のように振る舞うだけでも王権を愚弄する許し難い行為なのに、それを全国ネットで放送するなんて言語道断」とエーンは話していた。
タイ語では国王・王妃両陛下の二人称を ใต้ฝ่าละอองธุลีพระบาท(ターイファートゥリープラバート)という。直訳すると「御足の裏の埃の下」。国王の足下の遙か下にいる国民が見ることができるのは国王の足の裏がせいぜいという意味で、それを真正面から直視するのは不敬にあたる。
「時代が変わったのかしら?」
エーンは国王をまるで神のように崇拝している。先日、アメリカにあるタイ料理店がサイボーグのようにコラージュした国王の肖像を宣伝目的でウェブサイトに載せているのを見つけて、涙を流しながらタイ全国の友人たちに抗議活動を起こすよう呼びかけるためにパソコンに向かって3時間もメールを送り続けていた。
きょうの授業では「高位王族に用いるべき語彙」(王語)について学んだ。日本語の「奏上する」に相当するような語が100以上あって、なにからなにまで一般の語彙とは異なっている。一人称だけでも、これだけの種類がある。
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もちろん二人称にも三人称にも特別な語彙が用意されている。国王の鼻も、国王の口も、国王の靴も、国王の睡眠も、ものすごく長い別の単語に変化する。王語については教育水準の低いタイ人では一切使えず、4年生大学を卒業したタイ人でも使いこなせるのはごく少数しかいないという。