あさ、目を覚ましたところ、激しい頭痛と吐き気に襲われた。日本から遊びに来ている高校時代の友人が昨晩、オイシのビュッフェを食べたあとに嘔吐を繰り返していたため、食中毒になっている可能性を考慮して、居候人のエーンを起こして相談に乗ってもらった。
先月末に日本から持ってきた留学資金はまだ両替しておらず、タイバーツの持ち合わせがほとんどない。そのため、一般的な病院ではなく、保険会社が提携しているバンコク総合病院もしくはバムルングラート病院のいずれかへ行って、海外旅行傷害保険のキャッシュレス診療サービスを利用する必要があった。エーンに電話で情報を収集してもらった結果、バムルングラート病院のほうが優れているということになり、アパートがあるペッブリー18街路の入口からタクシーに乗って、病院があるスクンウィット3街路へ向かった。
午前10時、バムルングラート病院に到着した。頭痛と吐き気で苦しんでいるにも関わらず、あまりの可笑しさに思わずニヤけてしまいそうだった。病院のエントランスは、どこからどう見ても5つ星ホテルそのものだった。自動ドアを入って右手奥にあるフロントへ行き、職員に自分が日本人であることを伝えると、すぐに専属の日本語通訳をつけてくれた。エスカレーターを上がって3階へ行くと、日本人と中国人専用の外来受付デスクがあり、そこで手続きをすることになった。体調が悪いから病院へ来たというのに、海外旅行障害保険の適用範囲や病院の免責条項が詳細に記述されている書類を何枚も読まされたうえ、必要事項を記入し、すべてのページにサインまでさせられたことには心底ウンザリしたが、それも完璧な日本語通訳のおかげでなんとか乗り切ることができた。
その後、内科の待合室に案内された。待合室は、清潔な病院のイメージそのままに、白と水色を基調としている常識的な作りになっていたが、それでもどこかラグジュアリーな雰囲気があった。富裕層向けの私立病院であるため一般庶民の外来はなく、待ち時間もほとんどなかった。内科で診てもらってから脳神経科へまわされ、ふたたび内科へ戻ってきたころには正午になっていた。内科医の診断は原因不明、脳神経科医の診断は単なる偏頭痛だった。内科医から経過観察のために数日間入院することを提案されたが、たとえ入院費用の全額を保険会社が支払ってくれるといえ、病院のビジネスに付き合わされたうえ貴重な時間まで無駄にされてはかなわないと考えて、一晩だけという条件付きで同意した。
入院の手続きが終わって、レントゲン科の待合室でタイ字新聞に目を通してみたところ、日本円は2002年の1月から6月にかけて、現在の1ドル=131円の水準に対して200円前後まで下落すると書いてあった。すぐに、両親に125万円の追加送金を急ぐように催促しようと公衆電話を探してみたところ、国内専用の公衆電話ばかりで、国際電話をかけられる公衆電話は1台もなかった。これまで緩やかな下降曲線を描いてきた日本円の価値は、この2ヶ月間でアメリカドルに対して7パーセント、10円も下落している。タイバーツに対しても1割ほど下げており、このままだと留学資金に12万円の穴が空いてしまう。
レントゲン科で腹部レントゲンが終わると、日本の病室より管理が行き届いている個室へ案内された。天井から吊り下げられているテレビではNHKの国際放送を見ることができた。
その後、保険会社から病室に電話があり、今回の入院費用は全額が海外旅行傷害保険の保障対象となり、キャッシュレス診療サービスが受けられるから安心してほしい、と連絡があった。