無断居候タイ人排除プロジェクト (LA留学生日記より)

タイ人社会とは、すなわち階級社会、年功序列社会である。この価値観は儒教の影響などもあって、日本だけではなく中国や韓国でも重んじられている。

シェアハウスには僕のほかに3人のタイ人が住んでいるけれど、ここ1ヶ月ほど許可なく勝手に居候している28歳のタイ人男性がいる。フィアデルフィアで半年間の語学留学をしてから、3ヶ月前にロサンゼルスへ引っ越してきたという。本人はタイの最高学府ヂュラーロンゴーン大学の法学部を卒業したエリートを自称しているけれど、周囲にいる約10人のタイ人は口をそろえて「到底あり得ない」と切り捨てている。英語力が僕よりはるかに劣るうえ、まるで麻薬を売買している不良少年のような汚いタイ語ばかり使っているため、アメリカに来られるレベルの裕福なタイ人からはあまり好かれていない。しかも居候の身であるにも関わらず、あたかも自分がボスであるかのように振る舞っているため周囲からの顰蹙を買っている。個人的には、僕を使用人のようにコキ使って無茶を強要してくるためホントウに迷惑している。

基本とは効果的だからこそ常套手段として多用されてきた。小学生時代に学習した私的制裁の基本である周囲との団結によって、このイヤな奴をなにがなんでも社会から追放しなければならない。

まず、この話をシェアハウスのタイ人同居人ふたりに持ちかけてみた。彼らも不満を持っていたもののタイの年功序列の価値観から不満を口にすることができなかったそうで、すぐに同意を得ることができた。つぎに、語学学校のタイ人ふたりに不満をぶちまけてみたところ、同じような経緯で強い賛同を得ることができた。さらに、夕方頃になってシェアハウスへ来た2歳年上のタイ人にもこの話をしたところ、今日まで蓄積してきた鬱憤を声を大にして語り始めた。

タイでは年長者に対する不満を公言するのはタブーとされているけれど、外国人の僕がそのタブーを無視して無許可居候人への批判を始めたところ不良居候人排斥のムーブメントが形成された。

「先輩はいつ帰宅されるのですか?きょうお帰りいただいても構わないんですけど」

シェアハウスのリビングで午後11時、タイ人同居人のポー(22)が Play Station 2 のコントローラーを持ちながら、慎重に言葉を選んで不良居候人に対して帰宅を促した。そして居候人は小声で短く答えた。

「ああ。今晩にでも出て行く」

このやりとりについて、もうひとりのタイ人同居人ポックは次のように語っていた。

「怒りよりむしろ怒りを打ち消してしまうほどの強烈な羞恥心を感じたはずだ。なにしろ本来では有り得ないはずの 『年少者による追放』 という憂き目に遭ったのだから」

この事件でタイ人社会における年功序列観の深部に触れたような気がした。

ABOUTこの記事をかいた人

バンコク留学生日記の筆者。タイ国立チュラロンコーン大学文学部のタイ語集中講座、インテンシブタイ・プログラムを修了(2003年)。同大学の大学院で東南アジア学を専攻。文学修士(2006年)。現在は機械メーカーで労働組合の執行委員長を務めるかたわら、海外拠点向けの輸出貿易を担当。