恋愛とイジメはどこのどんな人たちの集団にも付きもののようだ。
タイにある大学院の修士課程のクラスもその例外ではないらしい。しかし、恋愛をするにしてもイジメをするにしても、大人同士の社会では自らの行動に対して相応の責任をとらなければならない。若気の至りでは決して済まされない。
午後の講座「東南アジアの近代化、民主化、民族主義」で、准教授の指示にしたがって上から3番目にある自分の欄に出席のサインをしてから隣の席へ回送した。ところが、一巡して僕の手元に戻ってきた出席票を見ると、奇妙なことに上から2番目にあった学生の名前に取り消し線が引かれている。隣の座いた名前に取り消し線を引かれた学生に「オカシなことになってるぞ」と言って出席表を見せると、呆れたような顔をしていた。
休憩時間になって出席表を提出すると、准教授も事態をすぐに理解したようだった。出席者の誰かが嫌がらせのために学生の名前を削除したに違いない。隣で怒りに震えている学生を尻目に、僕は自分が思ったことを口に出しながら爆笑した。
――これは嫌がらせというより、むしろ笑い話に近い。加害者は自らの評価を自らの手で貶めている。加害者に益なく、被害者に損ない、無意味な行為だ。まったく話にもならない。
しかし、被害の当事者は他人の悪意を笑い飛ばす気にはならなかったようだ。
「まあ、こういうことをする人間をキチガイと言うのよ」
担当講師はそう言い残して教室から去っていった。被害者の学生によると、本人も講師も加害者を特定しているらしい。また准教授に近い学生によると、先月返却された中間小論文(学部の中間テストに相当する)で加害者の学生による論文盗作が発覚しており、(当の本人には知らされていないが)すでに退学処分が決定している。何か手を打たなくても来月には勝手に解決されるから気にする必要がないという。この話が事実ならタンマサート大卒閥の勢力はかなりの痛手を被ることになる。
クラスメイトの稚拙な暴挙に呆れながら、後半の講義を半ば上の空で聞いていたところ、さっきの被害者の女性が身体を寄せて話しかけてきた。
「ところで、オちゃんってカワイイと思わない? 気だてが良くて容姿端麗。大手銀行の経営幹部の一人娘らしいわよ」
あまりの唐突さに、①僕に彼女がいること、②オちゃんが僕に興味を持っているとは限らないことを理由に話をさっさと切り上げようとしたところ、この学生はそうでもないと力説した。
「とにかくこんな完璧なコはもう二度と現れないわよ。貴重なチャンスをみすみす逃すべからず!!」
何の根拠もなくこういったことを勧める人もいない。あまりにも強く勧められたものだから返答に窮してしまった。とりあえず「様子を見ながら臨機応変に対応する」と返事しておいた。なんとも日本人らしい歯切れの悪い返事だ。僕にはタイ人と結婚しないというポリシーがあるから、完璧すぎるタイ人女性と付き合ってしまうと初志貫徹できなくなる恐れがある。
今日は「学校」とか「教室」とかいった懐かしい単語を意識させられっぱなしの一日だった。
講義終了後、ホテル「ロイヤルオーキッドシェラトン」へ行ってバンコク滞在中の中学時代の友人と夕食をとり、ホテル「マレーシア」で古式マッサージを受けた。マッサージの料金が従来の200バーツから250バーツへ値上げされていた。