「テメェよォ、自分が何をしなきゃいけねェか、マジで分かってねェのかァ? それとも、分かっていながら、ワザと惚けているだけかヨ? おまえは馬鹿かァ? それとも単に馬鹿を装っているだけなのかァ? エェ? 全く訳が分からないぜ。オームちゃんが外出してテメェのことがキトゥング(恋しく思っている)になっているのに、なんで電話の一本も入れて来ねェんだ? ゴラァ! (おい! いま俺はあの忌々しい奴と話してるとこなんだ。ちょっと待っててくれ) もしもしィ? 耳をかっぽじって、ちゃんと聞いてるかァ? テメェは寂しいよなァ? いまは家で一人でいるのかァ? 誰も遊びに誘ってくれなかったのかァ? 俺たちはみんなで楽しく酒を飲んでたぜ。もうおまえはダメだな。終わったな。このオロカモノめ」
こん畜生(アイサット)より強い、タイ語の二人称における最強の罵倒語。タイでは人を動物にたとえること自体がすさまじい侮辱にあたるが、特に不幸を呼び込むとされている忌むべき畜生「ヒア」(オオトカゲ)の名はタイ人のあいだで口の端に乗せることすらはばかられている。
午前1時半、スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite 17階の自室で友人と Windows Messenger を楽しんでいたところ、突然携帯電話が鳴り出した。着信画面には半月前に別れたオームの親友であるオンの顔写真が表示されている。こんな時間に何の用かと思って出てみると・・・・・・冒頭にある内容を開口一番に切り出され、思わず僕は自分の耳を疑った。ロサンゼルスで共同生活をしていた男友達のタイ語もかなりヒドかったが、今回の罵倒はその何十倍も強烈だった。こんなに汚いタイ語は聞いたことがなかったし、その言葉を発しているのが教養のあるタイ人女性であったことにも驚嘆した。そもそも、僕にはこんなタイ語を話す女性を友人にした記憶などない。日本語でも、電話口でこんな滅茶苦茶なことを言われたことがなかったから本当にビックリした。
オンの話から前後の事情を推測すると、僕は①今晩オンたちが出かけたパーティーの存在を事前に察知して同行するか、②やむを得ない事情で同行できない場合にはオームに頻繁に電話を入れるなどして寂しい思いをさせないように最善を尽くすべきだったのだろう。しかし、誘われてもいない知らない人たちのパーティーに、恋人でもない自分が勝手に押しかけるのもオカシイと思って、結局なんの手も講じることなくこの晩を迎えていた。
続いて、当のオームちゃんから英文のショートメッセージが届いた。
「私が外出しているのに、あなたは私をまったく気にかけてくれない。それなら、私も今後あなたを気にかけるのをやめる」
なんということだ。彼女でもない友人から勝手にこのような重責を背負わされたうえ、その責務を遂行しなかった咎で、ここまで強烈な罵声を浴びせられているというのか!
以前、日本人の友人がこう話していた。
「タイ人の女性と付き合うためには、とにかく根気が必要だ。女性が自分で鞄を持っていたら、進んで鞄持ちを申し出よ。どんなに眠くて電話を切りたいと思っていても、相手がまだ話したそうな雰囲気だったら朝まで話し続けよ。相手がふてくされてしまったら、とにかく機嫌が良くなったと確認できるまで5時間でも6時間でもなぐさめ続けよ。どんなに自分が間違っていないと思っていても、無理矢理にでも自分が悪かったということにして、なにがなんでも謝り倒せ。ここで投げ出してしまったら絶対にダメだ。すべてオシマイになる。これがタイ人女性と関わるときの鉄則だ」
それでも、さすがにここまで訳の分からない理由で罵倒されているのに、なんで相手の機嫌までとってやんなきゃいけないんだ。こういった手合いは、ときどき両手で思いっきり突き放してやりたくなる。
――僕は君に臣従しているわけではない。今後、君が僕に連絡してくる必要は一切ない。永久にサヨウナラだ。
こうして、僕は「タイ人女性との人間関係における鉄則」を犯した。友人によると「タイ人の男性はこのような理不尽にも適切に対処できる能力があるから日本人女性にも人気がある」という。全くその通りだ。僕のような日本男児に到底真似のできるような芸当ではない。
昼過ぎ、タニヤ通りにある日本料理店「ミサト」で友人と昼食を取っていたところ、偶然、大学時代の先輩に遭遇して驚いた。その後、スィントーンビル、サートーン通りにある旅行代理店などに寄ってから、プララームスィー通りにある大型小売店「テスコ・ロータス」へ行って買い物をしてから午後7時に帰宅した。