「わたしには彼氏がいるのに、別のオトコと出会ったその日のうちに寝てしまった。世間体があまりにも悪すぎる。ทำดีได้ดี ทำชั่วได้ชั่ว(タムディーダイディー・タムチュワダイチュワ, 因果応報)という言葉があるけれど、今日のわたしはまさにそれ。浮気は彼氏にバレかけているし、浮気相手のオトコはわたしにまったく興味がない様子だし。でも、一番サイアクなのはわたし。絶対にムリと分かっているのに、それでもまだ頑張ろうともがいている。もう自分でも何を望んでるのか分からなくなった。普段は全然こんなことにはならないのよ。今回はちょっとどうかしているだけ。でも、わたしって世界一はしたない、どうしようもないオンナだと思わない?」
この友人は、精神的に困ったことがあると、決まって僕に電話をかけてくる。そんな自己嫌悪に陥っている友人の話を、今晩も眠い目をこすりながら45分間にわたって聞き続けた。
――それなら、一か八かで、その浮気相手のオトコに付き合ってほしいと頼み込んでみれば、一気に片が付くんじゃないか?
もし同じような相談を日本人の友人から持ちかけられたらそうやって答えるところだが、タイには恋愛における暗黙のルールや作法があるため、そんなことをしてしまったらかえって逆効果にもなりかねない。
日本人女性の価値観が人それぞれ違うように、タイ人女性の価値観も十人十色だ。一概に「タイ人女性とは・・・・・・」とまとめることはできない。しかし、大多数のタイ人女性に共通している恋愛観はある。
「自分から付き合ってほしいとは死んでも言えない」
タイでは、女性から告白することは破廉恥で屈辱的な行為であると考えられている。そのような事情もあって、西洋の文化であるバレンタインデーは、タイ人の価値観にあわせてローカライズされ、男性が女性に花をプレゼントする日となっている。タイ人の女性は、男性から愛を与えられることを願っているため、自発的に恋愛を成就させることについては日本人の女性ほどこだわっていない。
したがって、タイ人女性の「彼氏候補の扉」は、自分が論外(留学生日記10月6日付参照)としてみなされていない限り、常に開け放たれていると考えて良い。この扉さえ開いていれば、あとは自分自身が持っている資質と努力次第でなんとでもなる。
ロサンゼルス留学時代にルームメイトだったのタイ人の男性は、このようなタイ独特の恋愛観にもとづいて、男性という立場から日本人の女性にアプローチをかけたところ、ストーカー呼ばわりされるという大変残念な結果となった(ロサンゼルス留学生日記2003年9月10日付参照)。
それでも、タイにおける西洋化の機運は日増しに高まっており、一部では自由恋愛を志向する女性もあらわれ始めている。黎明期の自由恋愛社会において、さすがに「いきなり寝てしまう」というのは性急過ぎるにしても、女性たちは「いつも一緒に行動する」とか「毎日のように用件不明な電話をかける」とかいった方法によって、ターゲットとのあいだでコミュニケーションの深化と人間関係の深耕を図り、積極的にメッセージを発信するようになっている。そうやって、彼女たちはオトコを「自分から告白せざるを得ない環境」へ追い込でいくのだ。
(タイで女性らしく振る舞うというのも、いろいろと大変そうだ)
そんなことを考えながら、受話器を枕元の電話機に戻して、寝室の明かりを落とした。