午前6時、ヂュラーロンゴーン大学の文学部4号館に到着し、タイ研究科が用意した2等長距離バスに相当する42席ある観光バスに乗ってペッブリー県へ向かった。きょうのタイ文化論の講義では、タイの高級文化の素晴らしさを学ぶため(?)に、ペッブリー県にある歴代国王の離宮を見学してまわり、その建築様式や美術品からそれぞれの時代の芸術について学ぶ予定となっている。
CATEGORY 史跡・博物館
タイの王統派史観
タイ研究科の必修講座「タイ文化論」を担当している講師は、国王の曾孫に与えられる「モムラーチャウォング」の称号を持ち、王統派史家の牙城と言われる「サヤーム協会」の会長を務めている。それだけに、「タイの伝統文化のスゴさ」をテーマとしたような講義が多く、そこから学生たちは王統派史家の歴史観を学ぶことができる。
ヂャッグリー・マハープラーサート宮殿に立て籠もる
午後、ヂャッグリー・マハープラーサート宮殿の内部にある拝謁者控室で、優雅にタイの歴代国王や王族たちの肖像画を眺めていたところ、突如、宮殿全体を滝のような大雨が襲った。
エーラーワン廟
エーラーワン廟の起源は、Grand Hyatt Erawan Bangkok の旧建屋を建設していた1950年頃に、火災や転落死亡事故などの災害が相次ぎ、ホテルを建設する前に十分な祈祷をしなかったため土地神に祟られたのが原因とウワサされたため、ホテルがこの土地にヒンドゥー教とバラモン教の創造神「ブラフマー」を奉納したことまでさかのぼるという。
旧都トンブリーにおける水路交通
チャックプラ運河はヂャーオプラヤー川の旧本線で、スワンナキリー寺の対岸にあるバーングコークノーイ運河からパースィーヂャルーン運河経由でバーングコークヤイ運河までの全長約8kmを結んでおり、現在では用水路、水上交通路、観光資源などとして用いられている。
労働者博物館
タイにおける労働社会は、封建制度のもとに築かれたサックディナー制(11月2日付日記参照)の上に成り立っている。このサックディナー制による影響については、タイの労働論のみならず、タイに関するすべてのことを語るうえで絶対に避けては通れない。
スィラパーゴーン大学美術館
きょうはタイ研究科の講座「タイ史博物館論」に出席して、スィンラパーゴーン大学の考古学部副学部長の案内で、同大学のタープラ宮殿校舎附属美術館を見学した。が、僕は自習仲間たちとクラスメイトたちの一団から脱出して、同大学の中央図書館で文献を収集し、提出期限が間近に迫っているタームペーパーを書いた。
プッタモントン 仏教博物館
プッタモントンは西暦の1957年(仏教暦2500年)、プッタガーンの半分が経過したことを記念してナコーンパトム県に造営された仏教公園で、陸軍元帥ピブーン・ソンクラーム政権期の1955年に造営事業が始まった。2,500ライ(約4平方キロメートル)の敷地には、仏教会議所、仏教博物館、石碑展示場などを備えている。
クックリット・プラーモート元首相邸
バンコク都内の南サートーン町プラピニット通り19番地にあるモムラーチャウォング・クックリット・プラーモート邸(1970年完成)は敷地面積約5ライ(2424坪)の立派な邸宅だった。純タイ様式の母屋とタイの古典舞踊ラーマギアンを演じるためのステージが、氏の文化人らしい嗜好を色濃く反映している。
ヂュラーロンゴーン大学歴史館
朝、タイ研究科の講座「タイ史博物館論」に出席し、1988年に工学部横の「ヂャッグラポング館」に設置されたヂュラーロンゴーン大学歴史館を見学した。館内には卒業した王族たちの記念写真をはじめ、日本の国民服に似ている第二次大戦中の制服、大学の徽章のモデルとなっているプラギアオなどが展示されている。
アユッタヤー歴史資料館
先月末にタイの国立博物館を見学したときには、タイ国内にまともな博物館は存在しないとすら思っていたが、アユッタヤーの歴史資料館は近代的な作りでタイの歴史に興味を持っている人たちの期待を裏切らない作りになっている。
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