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1日4回のシャワータイム

今日は朝のシャワーを含めて、1日に4回ものシャワータイムが用意された。照りつける灼熱の太陽と、未舗装路を走るクルマが巻き上げる砂埃のせいで、シャワーを浴びてスッキリしたいという欲求は常にあったけれど、同時に「どうせシャワーを浴びたところですぐに汚くなってしまうだろう」という諦めの気分もあった。

カンボジア遺跡調査旅行 カンボジア首都プノンペン到着

今回の調査旅行は、東南アジア研究科の学生全員に参加が義務づけられているもので、参加しないと修了の要件を満たせなくなる。費用はひとり65,000バーツだが、この旅行代金は半期ごとに支払う授業料に含まれているため、別にお金を用意して支払う必要はない。

マッサージパーラーで普通のマッサージを受ける

バンコクに到着したのは午前零時前だった。この時間になると、フツウのマッサージ屋はどこもシャッターを下ろしている。そこでラッチャダーピセーク通り界隈にある怪しげなマッサージ屋に入り、赤いひな壇からマッサージ師を選ぶという貴重な体験をした。

ウボンラーチャターニー市内の娯楽

「ウボン人はバンコク人のように豊かじゃないから、みんなバイクで移動してるんだけど、日中は陽射しが厳しすぎてとても外出する気になれない。今頃はみんなおとなしく部屋で寝てるんじゃないかしら。日が翳りだした頃に起きて、ディスコやバーに繰り出すのがウボン人のスタイル。日中の娯楽といえば、映画館ぐらい?

ウボンラーチャターニー県への道のり

この地域の観光は主に遺跡と自然で、クメール帝国時代に建立されたプラーサートが多数残されているが、インドア派の僕が楽しめるようなものはない。だからこそ、この休暇を利用して友人と出かけてみることにした。この機会を逸したら、ここを訪れる機会など永久にないだろう。

遺跡探訪の旅2日目 ピマーイ宮殿

ピマーイ遺跡と附属博物館で聞いても分かるはずのない専門的な話を聞いた。予定より1時間半遅い午後7時半にパヤータイ通りのヂュラーロンゴーン大学前に到着。季節外れに雨のなか、すぐに解散してタクシーで帰宅した。

遺跡探訪の旅1日目 ブリーラム県

パノムルング遺跡宮殿(ブリーラム県)は、仏教歴15世紀から18世紀まで仏教の中心地として栄えたタイ国内で唯一山の斜面に建立された宗教的建造物で、仏歴2531年に史跡に指定された。一方、ムアングダム遺跡宮殿はそこから8キロほど離れており、仏歴1550年頃から1625年頃まで栄えたとされているが、史料の不足から詳細は依然謎に包まれている。

対不法就労者防衛線

外国人による不法就労については、どの国も手を焼いているようだ。特に最貧国のラオス、カンボジア、ミャンマーの3国と陸続きで隣接しているタイでは日本より深刻な問題として受け止められている。不法労働者は、都市部では経済的に恵まれている市民の邸宅で使用人として働くか性風俗産業に従事し、地方では小作農として働いているケースが多い。

タイ人農民より豊かなカレン族難民

生活インフラをコスト重視で整備するなら、適当な木材を支柱にして、それをトタンで囲めば十分だけど、援助国の納税者たちの夢を壊さないように配慮しているのか、極力工業製品を使わないような工夫がされており、住居をはじめ各種施設はどれも木材を贅沢に使った山小屋のような建築物だった。

メーラ村「臨時居住区」

ミャンマーからのカレン族難民が収容されている「カレン族臨時居住区」は、タイのターク県ターソーングヤーング郡メーラ村第9集落にある。タイ政府はカレン族越境者を難民と認めない立場をとっているため、 難民キャンプではなく臨時居住区と呼ばれており、管理はタイ内務省、運営は各国のNGO団体が担っている。

不法越境のミャンマー人

ヂュラーロンゴーン大学文学部前で東南アジア研究科のクラスメイトたちと待ち合わせ、研究室がチャーターしたロットゥーに乗って、難民キャンプの調査のためにターク県メーソート郡にあるメーラ村へ向かった。ミャンマーの少数民族「カレン族」は、強制移住や強制労働などの厳しい弾圧の対象となり、難民化してタイ側へ大量に流れ込んだ。

ラオス3日目

高速バスが出発するまで4時間以上もあったため、ノーンカーイ郊外にある大規模小売店「テスコ・ロータス」へ行って時間を潰した。店内にあるすべての掲示物にラオス語が併記されていたのには驚いた。解読までに時間はかかるものの、タイ語に似ているためギリギリ理解できるところが面白い。こんど時間を見つけてラオス語に挑戦してみたい。