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ミャンマー旅行9日目

きょうも数え切れないほどたくさんの寺院を拝観した。しかし、どうしてもひとつひとつを丁寧に紹介する気分にはなれないから、写真を貼ってやり過ごしたい。

ミャンマー最後の王都マンダレー

マンダレー航空432便でパガンからマンダレーへ向かった。観光バスでは登ることができない斜面を小型トラックの荷台に乗って移動し、ミャンマー最大の寺院群「ガンダーヨング僧院」を拝観してまわって寺院の内部にある壁画について説明を受けてから、渡し船や馬車などを利用して、外国人観光客がほとんど訪れることのない古都インワまで行った。

ナット信仰の聖地「ポッパ山」

きょうの見どころはパガン近郊にあるナット信仰の聖地とされているポッパ山で、標高は標高1518m。西部劇に出てくるような台形の岩山で、その頂上にはやっぱりヂェーディーがある。600段もの石段を裸足で登り、周囲の山々を眺めてから山を下りた。

古都バガン

パガンは、ミャンマーの首都ヤンゴンから北北西に約600kmの地点にある街で、ビルマ人が最初に興した王朝でもあるパガン朝の都として栄えた。このエーヤワディー川の中流域にある平野部には、アホとしかいいようがないほどたくさんのヂェーディーが林立している。ミャンマー人のガイドによると、一帯には3,000~5,000ものヂェーディーがあるという。

不味い飯にふて腐れる

ミャンマー料理はとにかく脂っこい。もしかしたら、そうではないミャンマー料理もあるのかもしれないが、僕が知る限り、ミャンマー料理はすべて脂っこい。あんな料理ばかり食べていて、どうしてミャンマー人の胃はもたれないのか不思議だ。

ハッピーマネー

ミャンマーの物売りは素朴だ。マフィアに管理されている柄の悪いタイの物売りたちとは少し違う。物売りの少女たちは「ハッピーマネー」という言葉を繰り返し口にしていた。クラスメイトによると、ハッピーマネーとは「きょう一日の商売を占う最初の売り上げ」のことらしい。

ホテルの備品補償問題

昨晩、クラブ「パイオニア」へ行ってミャンマービールの中ジョッキを少なくとも10杯は飲んだ。当然それなりに酔っぱらっていたが、泥酔というほどではなかった。ホテルに戻ってからシャワーを浴びていたところ水道の蛇口が閉まらなかったため、少し体重をかけたら蛇口から変な音がして水が止まらなくなってしまった。

巻きスカート「ロンヂー」とヤンゴンのクラブ

道行く人々は、老若男女を問わず、皆がロンヂーと呼ばれるスカートを腰に巻いていた。見た目には少し違和感があるこの巻きスカートだが、日頃から熱帯の炎天下でジーンズ生活している僕にとっては、風通しがよくて快適な画期的なニューファッションだった(この旅の間、ずっとロンヂーを履いて、木陰に隠れてはパタパタさせて涼んでいた)。

ミャンマー連邦 寺院探訪12日間の旅

スクンウィット13街路にある住まい Sukhumvit Suite へ戻って仮眠を1時間半とってから、バンコク・ドーンムアング国際空港までクルマで友人に送り届けてもらい、そこで東南アジア研究科のクラスメイトたちと合流して、ミャンマー航空332便でミャンマー・ヤンゴン空港へ向かった。

エーラーワン廟

エーラーワン廟の起源は、Grand Hyatt Erawan Bangkok の旧建屋を建設していた1950年頃に、火災や転落死亡事故などの災害が相次ぎ、ホテルを建設する前に十分な祈祷をしなかったため土地神に祟られたのが原因とウワサされたため、ホテルがこの土地にヒンドゥー教とバラモン教の創造神「ブラフマー」を奉納したことまでさかのぼるという。

旧都トンブリーにおける水路交通

チャックプラ運河はヂャーオプラヤー川の旧本線で、スワンナキリー寺の対岸にあるバーングコークノーイ運河からパースィーヂャルーン運河経由でバーングコークヤイ運河までの全長約8kmを結んでおり、現在では用水路、水上交通路、観光資源などとして用いられている。

揺れる宴会

パッタヤー中央海岸からラーン島までの海は普段からとても穏やかなため、海風を浴びながら缶ビール片手に快適なクルージングの旅が楽しめると聞いていた。ところが、きょうは横からの強風をモロに受けて、まるで遊園地のアトラクションのように揺れに揺れた。